第23話
『レクシーはな、結婚したんだよ。近くに住んでるから今はパートみたいな感じで週に2~3回来てもらってる』
『結婚!?』
レクシーが作っていた夕飯と遜色ないものが並ぶ食卓を前に、驚きの言葉がヨハンから発せられた。
『うちに薬品卸してる業者とくっついたんだよ。まぁ、そいつも悪い奴じゃねーし、あいつもあいつで自分の幸せってもんをそろそろ見つける時期だからな……』
と言いながらもヨハンはずいぶんと複雑そうな表情をしている。
娘を嫁に出す父親みたいな心境なのだろうか。
『ちょうど明日来る。お前が戻ってきたことを知ったら喜ぶぞ。あいつもあの後ずいぶんと塞ぎ込んでたからな……』
『…………』
あんな別れ方をしてしまったのだ。レクシーにもかなり辛い思いをさせてしまった。
明日会えたら謝らないとな。
『レクシーには、しばらくまた住み込みで来てもらうか』
『え? なぜですか? 結婚してるのに住み込みでなんて……』
『いや、お前なぁ……』
また住み込みで来てもらう、という言葉に素直な疑問を口にしたらヨハンが呆れたような目を向けて来た。
『患者ならともかく、セスの女であるお前とここで2人きりってのもまずいだろーが』
『…………』
なるほど、そういう意味か。
ここは何か言葉を返すべきなのかもしれないけど、複雑な思いが廻ってどうしても出てこなかった。
『…………』
そんな私の様子で何かを察したのか、ヨハンが僅かに眉を顰めて私を見た。
『ヨハンさん、もう1つ聞いてほしいことがあるんです』
『……何だ?』
『私、転生してミハイル・リュミエールと同じ能力を得てしまったかもしれない』
その言葉に、ヨハンがさらに表情を険しくした。
◇ ◇ ◇
『確かにお前が見て来た夢は現実の俺に一致しているな』
ヨハン、ヴィンス、リリアーナ。この3人の夢を繰り返し見て来たことを話すと、ヨハンは難しい顔でそう告げた。
『では、ヨハンさんは本当に私が生まれた里へ……?』
『ああ。お前が転生者であったことと、仲間を守って死んだということを伝えに行った』
ヨハンがレクシーをおいてここを離れるわけがない、と思っていたのだが、本当に事実だったらしい。
それを聞いた両親の様子を詳しく聞きたかったが、悲しさだけが募りそうなので今はやめておこう。
『そうでしたか……。わざわざありがとうございました』
『…………』
私の言葉に、ヨハンは何も返さなかった。
難しい顔で何かを考え込んでいる。
考えの邪魔になりそうなので、私も何も言わずに次の言葉を待つ。
『……もしお前の仮説が正しいとするならば、お前はもうそのことを口に出さない方がいい』
長い沈黙を経て、ヨハンが口を開いた。
『なぜですか?』
『ミハイル・リュミエールだって元は日本人なはずだ。俺たちが日本語で話してたってその内容を把握できる』
なるほど、そういうことか。
『ミハイル・リュミエールは私が殺しました』
『……何だって?』
この話をミハイルに聞かれることを警戒しているヨハンにそう答えると、驚きの目で見つめられた。
そこには若干の恐怖が入り混じっているように見える。
『死んで、魂が輪廻する前にもう一度ミハイルの所に行けたんです。そこで私はミハイルを殺した。そこでそうするくらいならもっと早くやれって思いますよね。そうすればセスもヨハンさんも傷つかずに済んだのに、本当にごめんなさい……っ』
『……傷ついたのはお前だろ……』
捲し立てるような私の言葉に、ヨハンは苦しげな表情でそう返した。
『…………』
どこまでいってもヨハンは優しい。
その優しさが、今は痛かった。
『ということは、今は神が転生者の監視をすることはできなくなってるってことか……。まぁ、だとしても迂闊に口に出さない方がいい。誰がどこで聞いてるかなんて分からねぇからな。それが知られたら今度はお前が神に利用される』
『…………』
『これからは、誰にも邪魔されずに生きろ。セスにはお前が必要なんだよ。あいつはお前を失って心が死んじまった。それでもお前に救われた命だからと後を追うことをしなかったんだ。だから今度こそ、あいつの傍にいてやってくれ』
真剣な眼差しでヨハンが言う。
切実に訴えかけてくる。
その視線もまた、今の私には痛かった。




