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第22話

 ヨハンの診療所は初見ではだいたい門前払いされる。


 昔セスからその話を聞いて、こんな入り組んだ場所にある看板すらない診療所に初見でたどり着けるわけがない、と思ったのをよく覚えている。

 だからこそ、ここに初見でたどり着いた人間は問答無用で追い払われるのだろうと、私は今身に染みてそれを感じた。


 ヨハンが殺気を放っている。

 術師は気を扱うのが苦手とされているが、殺気だけは人を害しようという強い念が自然に放出されていく気に乗ってしまうために、どんな人間も完全に消すことはできない。むしろ、地族は殺気を消すのが苦手とされていて、術師ならばなおさらそれは難しい。


『突然すみません。どうか話を聞いてください。私に敵意はありません』


 診療所に足を踏み入れ、日本語でそう告げてから両手を顔の横に上げると、ヨハンが驚きの表情を浮かべて右手を下ろした。

 18年ぶりの日本語だったが、忘れているということはなさそうだ。


 夢で幾度か登場したこの診察室は、ある時を境に机や椅子などの家具が新調された。そして今実際に目の前にあるそれらも夢と同じものになっている。


『お前、誰にここの話を聞いて来た? なぜ1人で来ている』


 手は下ろしてくれたものの、警戒心は微塵も減らしてはいないようで、未だ殺気を放ちながらヨハンが日本語でそう返した。


『前世で貴方にお会いしたことがあるからです。私の名はシエル。20年前、セスに魂を救われて輪廻した人間です……』


『シ、エル……?』


 私の言葉を聞いたヨハンが信じられないものを見るような目で私を見た。ひどく動揺しているようだ。ヒシヒシと感じた殺気が今はすっかり消え去っている。


『ヨハンさん……』


 私の存在を確実に認識したヨハンを見て、突然涙が溢れた。この18年で初めて得た安堵感に、き止めていたものが一気に崩れ落ちてしまったかのようだった。


『お前、本当にあのシエル……? どういうことだ……。記憶を持って再び転生したってことか?』


 困惑した表情で問いかけるヨハンに、私は言葉を返せなかった。

 ただひたすらに泣きじゃくって、状況が呑み込めていないであろうヨハンをさらに困らせた。




 ◇ ◇ ◇




『落ち着いたか?』


 いつまでも泣いて言葉を発せない私を、ヨハンは食堂へと連れて来た。

 そして私が落ち着くまで何も言わずにただ静かに待っていてくれた。


 この食堂はあの時と何も変わっていない。それがさらに私に安堵感をもたらし、落ち着くまでずいぶんと長い時間を要してしまった。それこそ、途中で患者が来て、その処置に一時抜けたヨハンが戻ってきてもまだ落ち着いていなかったくらいには。


『すみません。突然押しかけたばかりか、余計に困らせてしまって』


 目の前にはヨハンが入れてくれた懐かしのジシ茶がある。

 それを一口含むと優しい味がした。


『そうだな。そろそろ話を聞きたいところだな』


 向かいに腰かけるヨハンが苦い笑みを浮かべた。


『全部、お話しします』


 そのヨハンを真っ直ぐに見つめてそう言うと、ヨハンも真剣な表情で私を真っ直ぐに見つめ返した。




 ◇ ◇ ◇




『……今まで辛かったな。よくここに来てくれた。もう大丈夫だ。セスが来るまで、俺がお前を守ってやるからな』


 すべてを聞き終わったヨハンが開口一番にそう告げた言葉で、私の瞳からまた止めどなく涙が流れ落ちた。


『泣きたいよな。いいぞ、気の済むまで泣いても。風呂も部屋も自由に使っていいから少し休め。飯ができたら呼んでやるから』


 そう言ってヨハンは立ち上がり、シンクの方へ向かって何かを準備し始めた。


『ありがとうございます……』


 ヨハンの優しさにどうにかなってしまいそうだった。安心感からか、手の震えが止まらない。


 それにしてもなぜレクシーがいないのだろうか。夢では何度かここで家事をしていたのに。しかし今の状態ではそれを聞くことはできなそうなので、私はヨハンの言葉に甘えてお風呂を借り、部屋で気持ちを鎮めることにした。

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