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第19話

「行くがいい、シエル。転生者などこの国には必要ない。この国に必要なのは心を持たぬ殺戮人形だけだ。お前が持ち合わせている異世界の記憶や知識は邪魔になる」


 その言葉と共に、ガシャン、と激しい音を立てて私の目前に剣と皮袋が落ちてきた。

 皮袋からも聞こえたその音は、硬い何かが相当数入っているような音だった。おそらくそれはこの世界の硬貨だろう。


「なら、どうして……。どうしてシア様とルーチェ様を行かせたのですか? 私が不要だと言うのなら、なぜ……」


 信じがたい現実に思わずそう尋ねてしまった。

 カミューはリュシュナの秘石に加えて転生者という存在を手に入れたからシアとルーチェを見送ったんじゃなかったのか。


「シアはリュシュナ族だ。あの瞬間に深手を負わせられなかった以上、暴れられればこちらの損害も大きくなる。この50年クビト族の血は有効に使えたし、秘石も手に入れたからな。そろそろ潮時だろう。だからお前もこの国から出て行け。そしてもしヨハンに会えたらやつに伝えろ。"同胞はらからをお前にやる。これで借りは返した"とな」


「…………」


 そう言って私を見下ろすカミューの顔は、驚く程真剣だ。嘘を言っているようには見えない。


 まさか本当に、カミューはこのまま私を素直に行かせると?

 長く辛かった日々が、こんな簡単に終わるとでも?

 何かの罠か? 素直に行かせると見せかけておいて、最後に足を掬うつもりか?

 そうしてまた私に恐怖を植え付けて、永遠に縛り付けるのか?


「明日の10時、エスタ行きの船が出る。お前の名で通れるよう話は付けておくから、それに乗って出国しろ。必要なものは船に乗る前に街で買い揃えとけよ。港までの道は道すがらで聞けば分かる」


 そんな疑念を打ち破るかのようなカミューの言葉に、胸が高鳴った。

 剣と皮袋を手にし、立ち上がる。


「……っ」


 カミューに血を吸い取られたせいで体がふらつく。それを、目の前に立つカミューが支えた。


「んっ……!」


 瞬間、唇が塞がれる。

 驚きに目を見張ると、近すぎる距離にカミューの顔があった。


 キスをされている。この世界に来てからのファーストキス。まさかこんな形で奪われるなんて。


 しかし一度吸い取られたものを注がれているかのように、だんだんと体に力が戻ってくるのを感じる。じんわりと、体の内側から暖かくなっていくようだ。


「どこへなりとも行け、シエル。そして二度とこの地に足を踏み入れるな」


 唇が離れた瞬間カミューはそう告げ、行けと言うように私の肩を軽く押した。

 ふらついていたはずの体は今はもう何ともない。あのキスで、本当に力を分け与えてくれたらしい。


「カミュー様、ありがとうございました」


 逆らわずに私は頭を下げ、カミューの執務室を後にする。


 そんな私をカミューは見なかった。

 私に向けた広い背中が、カミューの器の大きさを思い知らせるようだった。




 ◇ ◇ ◇




 出入り口の門で自分の名前を告げると、すんなり外に出ることができた。ここに至るまで、引き留められることすらなかった。

 何か役立つ物はあるだろうかとシアの私室を訪れてから来たとは言え、ずいぶんと手回しが早い。それとも案外、今までも同じようにすんなり出られたのだろうか。


 しばらく歩いてからそこを振り返ると、到底自分では開けられないような分厚い扉と、到底よじ登ることができないであろう高い壁に圧倒された。


 もう二度とここに足を踏み入れることはないんだと、信じたい。

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