第15話
『ルーチェはね、もともとはエスタで売られていた奴隷だったの。それをカミューが買い付けて、エルナーンに移送する途中で私はたまたま2人に出会った』
いつものようにルーチェに会いに行った帰り道、シアは突然そんな話をし始めた。
『ルーチェは……シャルロットにそっくりだった。それこそ、生き写しなくらいに。だから私はカミューに声をかけて、カミューが買った金額以上でルーチェを買い取りたいと取引を持ちかけたわ』
『…………』
シャルロットにそっくりだからルーチェを買い取りたい。
何とも狂った思考だと思う。
そうなってしまうくらいシャルロットの死はシアに影響を与えたのだろうけど、それじゃルーチェはシャルロットの代わりみたいだ。
それでも結局のところ、奴隷としてエルナーンに来るよりは身代わりとしてでもシアに買い取られた方が、ルーチェにとっても幸せだったのかもしれないな。
『でもカミューは……いえ、エルナーンはダダンとの戦いで傷ついていく人間のために、クビト族の能力を欲しがっていた。一度手に入れたクビト族の奴隷を手放す気はないと、相手にもしてもらえなかったわ』
そりゃそうだろうな。
クビト族は欠損した部位すらも治せるほどの治癒能力を持っている。人肉という餌さえ用意できるなら利用価値は高い。
……利用価値だなんて。私は何てことを考えているんだ。そんなことを自然に思ってしまうくらい、私もここで狂ってしまったのだろうか。
『それでもしつこく食い下がる私に、カミューは"リュシュナ族の能力を50年間エルナーンに捧げるのなら、その後に売る"と言ったわ。そう言えば私が諦めると思ったんでしょうね。でも50年ここでルーチェを待つくらい、私には何でもなかった。その間、カミューに使われることだって厭わない』
『…………』
そんなにか。
そんなに、シアはシャルロットに生き写しだというルーチェを欲しているのか。
シャルロットではない、ただ見た目が似ているだけの人間を。
理解できない。
ルーチェはそれを知っているのだろうか?
まるでおもちゃに執着する子供のような、身勝手な理由を。
『その50年がもうすぐ終わる。私が、ルーチェを手に入れられる日が来る。そうしたらお前も一緒にこの国から出してあげる』
『……ありがとうございます』
なるほど。15年という期間の意味はそういうことだったのか。私がシアの下僕となったあの日は、カミューが定めた50年という期間まで後15年のところだった、と。
しかし、約束の50年が来たからといってそう上手いこといくのだろうか。
今までクビト族の能力を有効活用していたカミューが……エルナーンという国が、そんな口約束を守ってルーチェを素直に手放すとはとても思えないのだが。
シアはただ、カミューにいいように利用されているだけなのでは?
私は、本当にここから出られるのか?
◇ ◇ ◇
視界が、赤く染まった。
焼けつくような痛みを感じる。
「うっ……くっ……」
痛みにはもうずいぶんと慣れたはずなのに、今回は耐え難いほど痛む。
それはきっと、肉体以上に精神が深く傷ついたからだ。
「ずいぶんと下衆なことをするんだな」
「どっちがよ」
崩れ落ちた私の上から、カミューとシアの声が降り注いだ。
どうやら明日は、カミューがルーチェを手放す約束の日だったらしい。
言い替えれば、私が自由になれる日でもあった。
しかしカミューは、「本当にそんな口約束を守るとでも思っていたのか」と冷たく告げて、腰から抜いた剣をシアに向けて振った。
その剣を、シアは私を盾にして防いだのだ。
一瞬だった。
離れようと身構えた瞬間に、強い力で体が引かれ、走る刃の前に投げ出された。
カミューの剣は容赦なく私の腹部を深く切り裂き、あまりの痛みに私の体は力なく崩れた。
そんな私を、2人が冷たく見下ろしている。
まるでゴミでも見るような目で。




