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エピローグ

「こらっ、ルピアまた勉強さぼって!」


「だってつまんないんだもんっ!」


 睨みをきかせて声を荒上げると、レクシーの背後に隠れた子供――ルピアはそこから出てこないまま、同じく声を荒上げた。


「あー……あたしも勉強の時間だったなんて知らなくて……勝手に連れ出しちゃった、ごめん」


 私の気迫に押されたのか、レクシーは目を泳がせながら謝る。

 ふわふわとした毛並みがどこかシュンとして見えるのは、きっと気のせいではない。


「レクシーさんは悪くないよ。いつもと違う時間に勉強しなきゃいけなくなったのは、ルピアがさぼったからだし」


 私が答える前に私の隣にいた子供――エリーが淡々と告げる。

 そちらをチラリと見ると、無表情で事の成り行きを見つめているエリーの姿が目に入った。


 あぁ、今日もいつもの光景だ。






 アルディナからミトスに降りた私とセスは、エスタへと戻り、ヨハンの最期を伝えるためにレクシーの元を訪ねた。


 ミサンガが切れたことで察していた、と語る彼女はその事実を冷静に受け止め、そればかりか追われているであろう私たちを温かく迎え入れてくれたのだ。


 当初、エスタに長居をする予定はなかった。

 先述の通り私たちは追われている身であり、レクシーの近くにいれば彼女を巻き込んでしまう可能性がある。GPSのようなものがつけられているわけではないのでそう簡単には見つからないだろうが、いつ何がどうなるかなんて分からない。

 目的のためには手段を選ばないのがオルシスの暗殺者であり、利用できるものは何でも利用する。それが例えリュシュナ族とは関係のない一般人であっても。だから極力人とは関わらないようにする、それがセスと私の考えだった。


 しかしレクシーは――――それを承知の上で私たちにエスタに永住して、ヨハンの診療所を継いでほしいと言ったのだ。


 それがヨハンの願いだろうから、と。


 それに最初に賛同したのは意外にもセスだった。

 いいのか、と聞くと、セスは"ここは何百年もヨハンの存在を隠し通してきた場所だから"、と苦い笑みを浮かべながら答えた。

 ただし、追手に見つかったら素直に投降する、という言葉を付け加えて。

 そうすれば万が一レクシーたちを巻き込んでしまったとしても、危害を加えられることはないだろうということらしい。


 そうまでしてセスがエスタに永住することを決めたのは、レクシーやヨハンの願いを尊重したいという思いが強かったからなのだろう。しかし、以前話していた"どこかに定住して穏やかに暮らしたい"という彼自身の願いも同じくらい強いように思えた。


 ならば何も言うまい、と私もその意見に同意して、今に至る。


 元々永くヨハンの元にいたセスだ。知り合いも多いのだろう。診療所を開いてそう時間もかからずに、以前通ってきていた馴染みの人たちが来てくれるようになった。

 治癒術の相場を崩さぬよう、表立って治癒術の提供はせず、あくまでも医術メインの診療所として。私も医術を学びながらセスと二人三脚で。


 そしてそれが軌道に乗り始めた頃、二つの命を授かった。


 子を生すことについては、当初からセスとは何度も話し合ってきている。

 追われる身である私たちに、親になる資格はあるのだろうかと。


 しかし悩む私たちの背中を、レクシーが後押ししてくれた。


 万が一の時にはあたしとジスランが責任を持って育てる、と真剣な表情で告げながら。


 その言葉に甘えすぎるのも良くないとは分かっていたけれど、私も純粋に愛した人との子供が欲しかった。セスは"親の愛情を知らない自分が親になれるのか不安だ"と言ってはいたけれど、だからこそセスには親となって愛情を知ってほしいという思いもあって。


 そうして生まれててくれた二つの命――双子の女の子は、私たちが私たちであるために常日頃纏っていた香水の名前を取って、エリーとルピアと名付けた。


 私そっくりの顔にセス譲りの美しい髪色と瞳の色を持った、一卵性の双子。

 性格も綺麗にそれぞれを引き継いで、姉であるエリーはセスに似て冷静で大人しく、妹であるルピアは私に似て感情的で活発だ。


 現在5歳。

 今は、勉強が嫌だと逃げたしたルピアに雷を落としている最中である。


「やれやれ、またやってるのか」


「あ、お父さん!」


 騒ぎを聞きつけてかそうじゃないのか、呆れ顔のセスが食堂へ入って来た瞬間、ルピアはレクシーの背後から出てきて嬉しそうにセスへ飛びついた。


「お父さん、剣術教えて!」


「勉強もちゃんとやりなさい。周りの大人が教えることに、不必要なものなどないよ」


「……はぁい」


 セスの(たしな)めるような言葉に、ルピアは素直に頷いて離れる。

 私の言うことは素直に聞かず、セスの言うことには素直に従うのもいつものことだ。……非常に納得はいかないのだが。


「私はお母さんから治癒術教わりたいなぁ」


 2人のやり取りを見ていたエリーが小さく呟く。


「じゃあ、後でね」


「うん!」


 そんなエリーの頭を撫でながら約束すると、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。


 愛おしい。


 今この手にある、すべてが。

 私たちが願ってやまなかった、ありふれた日常が。


 もしかしたらこの日常は、有限かもしれない。

 それでも、毎日を大切に私たちは生きている。




 ねぇ、ヨハンさん。

 貴方が見ていたら、"それでいいんだ"って、言ってくれますか?

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

これにて、ユイとセスの物語は完結となります。

皆様の心に少しでも何か残せたら幸いなのですが、いかがだったでしょうか。

もしよろしければ一言でもご感想をいただけると、作者は飛んで喜びます。


約1年……前作も合わせると約1年半という長期に渡る連載にも関わらず、ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。

最後まで彼らの物語を追ってくださったこと、感謝しかございません。


不定期で小話を書く予定でしたが、完結できる見込みがないため、これで完結と致します。

もしいつか続き等を書くことがあれば、サイドストーリー等で公開しようと思います。

楽しみにしてくださっていた方がいましたら、申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セスとユイの物語、完結おめでとうございます。本当におめでとうございます。常に胸を締め付けられて、二人がどんな道を辿るのかと食い入るように読んできました。 運命が優しくない時もあり、何度も「…
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