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第143話

 心臓が早鐘を打って落ち着かない。


 それはセスが訪ねてくるという嬉しさからなのか、グレゴリオの突飛な行動に何となく不安を掻き立てられたからか。


「はぁ……」


 何度目かのため息を吐いて、カーテンを閉める。

 現在夜の7時過ぎ。夜という言葉の範囲が広すぎて、セスがいつ来るのかさっぱり分からない。ざっくりでも時間を聞いておくべきだった。


「ご飯でも作るかぁ……」


 何かしていないと落ち着かない。

 わざわざ部屋にくるということは、どこかで食事しようということにはならないだろうし、食事を済ませて来た、なんてこともないだろう。


 と言っても、大した食材も常備していないのだが。


 作っても食べるのは自分しかいないわけで、そんな生活を一年以上も続けていれば適当にもなる。せっかくなら何か買ってから帰ってくればよかったのだが、セスがいつ訪ねてくるか分からず、急いで帰ってきてしまった。


 まぁ、あり合わせでも文句は言わないだろう。と、心の中で呟きながら立ち上がった瞬間、ドアを叩く音がして心臓が跳ねる。


「誰か確認せずに扉を開けるなんて、不用心だな」


 逸る気持ちに抗わず扉を開けると、呆れたように笑うセスがそこにいた。

 愛しい人の姿に、胸が熱くなる。


「ごめん。でも、普段誰も来ないし」


 苦い笑みを返しつつ招き入れると、セスは悲しげな笑みを見せてから部屋の中へ足を踏み入れ、背負っていた鞄を適当な場所に下ろした。

 何やら、ずいぶんと大きい鞄だ。2人で旅をしていた時に持っていたような。


「最近はどう? 困っていることや不安なことはない?」


 しかしそれを問う前にセスから先に問われ、私はその疑問を頭の隅に追いやった。


「大丈夫、みんなよくしてくれるよ。特にサリタさんにはお世話になってる」


「そっか……」


 私の答えにセスはそれだけを呟いて、再び悲しげに微笑む。


 今まで、幾度となく繰り返された問答。

 そうして最後に彼は、"傍にいられなくてごめん"と苦しそうな声を絞り出すのだ。


「ねぇ、セス。こうして会いに来てくれて嬉しいけど……大丈夫なの? 誰かに見つかったら何か処罰を受けるんじゃ……」


 その言葉を言わせる前に尋ねる。

 この一年強、セスとセルナでしか会えなかったのは、オルシスが組織外の人間との接触を原則として禁じているからではないのだろうか。会えて嬉しいという気持ちはもちろんあるが、セスの身の安全も当然気になる。


「……任務中じゃなければ別に問題はないから大丈夫だよ」


「えっ……?」


 しかし、予想とはまるで違った答えが返ってきて、言葉を失う。


 任務中じゃなければ問題ない?

 なら、なぜ私たちは今まで……


「ごめん。俺が自分で決めてたんだ。セルナでしか君と会わないって。そうしなければ俺……心を殺せなくてさ。君の温もりに触れてしまっていたら、俺たぶん任務に失敗して死んでたと思う」


「…………」


 痛みを耐えるような表情で続けられた言葉に、胸が締め付けられる。


 そんな思いを抱えていたなんて知らなかった。

 会いに来てくれた時に見せたあの笑顔の裏にそんな思いを抱えていたなんて、知らなかったよ。


「ま、待って。じゃあどうして今日ここに来たの? ここで私に会って心を殺せなくなったら……」


 その先は続けられなかった。口に出してしまったら、現実になってしまう気がして。


「ねぇ、ユイ。ローレンスが死去した話、知ってる?」


「……え? 知ってる……けど」


 私の質問には答えず、逆に問われる。

 なぜ今そんなことを聞くのだろう。


「それはつまり、俺にかけられた術が解けたってことだよ。もうローレンスの目を恐れてアルディナにいる意味はなくなったんだ。だからミトスに降りよう、ユイ」


「え……えぇぇ……!?」


「ごめん、時間ないから急いで支度してくれる?」


「い、今すぐ!?」


「うん、今すぐ」


「…………」


 私は今、夢でも見ているのだろうか。なぜいきなりそんな話になっているんだ。ちょっと思考が追い付かないぞ。

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