第141話
「グレゴリオはどうして一緒じゃないの?」
「……え?」
短剣を差し出されている状況でそんなことを聞かれるとは思っておらず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
確かにセスは一番最初に私にその質問をしていたけれど、いくらなんでも今はそんな空気じゃないだろう。
「実はユージーンの伝言はグレゴリオが預かったものなんだ。君に選択肢を示して、君がどんな答えを出すのか見届けるようにと命令されているはず。なのに俺に押し付けて……挙句に同席すらしないなんて、どういうつもりだ?」
「え? ……え?」
「俺と君の2人で話し合え……とでも言いたいのかな」
混乱する私を余所に、セスは呆れたように笑う。
つまりあの台詞は、本来グレゴリオが私に言うべきものだったということか。
何にせよ、私には誰の行動の意図も読めないのだが。
天王ユージーンが私にあの選択肢を示したことも、グレゴリオがその全てをセスに投げたことも、セスが私に試すような言葉を向けたことも。
言葉が足りないにも程があるというか。まぁ、天族というのはみんながみんなこういう人間なのかもしれないな。考えるだけ無駄な気がするからやめよう。私は今、自分のことだけで精いっぱいだ。
「だとしたらね、ユイ。悪いけど俺は君に選ばせる気も、話し合う気もないよ」
急にトーンが落ちたセスの言葉で思考を中断する。
私を見つめるセスはひどく真剣な表情だ。笑みの一つもなく、しかし先ほどのように冷えた空気は纏っていない。
「君にすべてを委ねるなんて無責任なことはしない。君の意見に甘えるなんて無責任なこともしない。これは俺が選んだ道だ。だから最後まで、俺が責任を取る」
私に差し出したままだった短剣をスッと下げて、セスは言う。
その言葉の通り、最初から私に渡す気はなかったのだろう。受け取る気もなかったが。
「ユイ、ここで俺と一緒に生きてくれ。……一緒にと言っても、実はオルシスに異動を命じられたから、あまり一緒にはいられないんだけど。それでも、君にはここで生きてほしい。俺のためだけに生きてくれ。答えは聞かない。それ以外の選択肢なんて、選ばせる気はないから」
「……いや、えっと……うん、そっか」
一気に捲し立てられた言葉に、思わずフッと笑みがこぼれた。
いや、セスは至って真剣だ。真剣にその言葉を押し通そうとしている。普段は私の意見を第一に考える人なのに、今回に限っては全く聞く気がないらしい。
セスらしくない気もしたが、逆にそれが嬉しくも感じた。
ここで私に選択を委ねられたら、卑怯だと罵ってしまったかもしれない。強引に道を変えておいて、そこから先のハンドルを私1人に握らせるのだから。それこそあまりに身勝手だ。
だから嬉しい。
"俺にすべてを任せろ"と言われているようで。私はただ安心して身を委ねればいいのだと思えるから。
「じゃあ、責任取って。私はこれから先も、セスのためだけに生きるよ。だからセスも、私のためだけに生きてよね。ヨハンさんの気持ちに応えるためにも」
両手を広げて、笑う。
すると彼は手の中の短剣を床へと滑り落して、私の腕の中へと舞い込んだ。
「うん。俺も君のためだけに生きる。これから先も、ずっと。ヨハンが見たら呆れそうだけどね」
――――あぁ、そうだな。"全くお前らは"なんて言いながら困ったように笑うヨハンの顔が目に浮かぶよ。
◇ ◇ ◇
オルシスに異動になったからあまり一緒にはいられない、というセスの言葉通り、私たちはあの後すぐに引き離された。
グレゴリオの管理下に置かれている私は、彼の指示でセルナという治癒術を専門とする病院のような機関に身を置くこととなり、今はそこで治癒術師として働いている。
グレゴリオの家からは出て寮生活をしているが、セルナには彼の奥さん、サリタが所属しており、私が孤立しないようにしてくれている2人の心遣いには感謝しかない。
治癒術を習得するのには時間がかかった。
ただ詠唱すればいいというわけではなく、怪我が治る工程をきちんと理解しなければならなかったからだ。そのために医術も少し学んだので、何だかセスやヨハンに近づけたような気がして嬉しかったりもする。
ヒューマであった時にそれなりの神力量を持っていたからか、一般的なリュシュナ族よりもだいぶ多くの神力を有しているので、今では治癒術師はむしろ天職なのでは、とさえ思えるようになった。
その働きも認められたのか、近いうちにグレゴリオの管理下を抜け、正式にセルナの所属となるみたいだ。
アルディナに来てからもうすぐ一年。
セスには本当にあまり会えない。二ヶ月に一度、くらいだろうか。
それも、会おうと約束して会ったわけではない。すべて"怪我をした"とセスがセルナを訪れたから会えたのだ。
私に会うためにわざと怪我をしてきているのか、と聞くと、彼は右目が見えないから感覚が掴めないということにしておいて、と笑う。
素直に喜べない逢瀬に、行き場のない想いだけが募っていくのを感じた。




