第139話
グレゴリオと共に美しい街並みを歩く。
空に浮かんでいる土地なので雲が近く感じるが、街自体はミトスにある街とそう変わりはない。それでもどこか幻想的に感じるのは、天使のごとく背に羽を生やした種族が空を飛んでいるからだろうか。
ここは天王ユージーン・ユフスが治めるユフス領のグランリースという街で、セスが生まれ育った場所なのだそうだ。
アルディナには"国"という概念はなく、3人いる天王がそれぞれ治めている領土が国と同等の意味合いを持っているらしい。
と言っても、ユフス領にはリュシュナ族以外の種族も普通にいるし、逆に他の天王が治めている領土にもリュシュナ族はいる。ただ神から与えられた領土がその天王の管轄というだけなのだと、グレゴリオは教えてくれた。
よく分からないが、とりあえず天王はミトスで言うところの国王みたいなものということだろう。
正直、自分に余裕があるならアルディナのことをもっと詳しく聞きたかったのだが、すれ違う人たちから感じる神力が自分の体には辛すぎて、グレゴリオの言葉があまり頭に入ってこない。またゆっくり見て回れる機会もあるだろうから、その時に詳しく聞いてみよう。
「ここだよ」
思考に耽っていると、突如グレゴリオが立ち止まり、一つの建物を指さした。
学校を彷彿とさせるような、白くて大きな建物。
ここがリュシュナ族の施設ということだろうか。
「行こうか」
建物を眺めて茫然とする私にグレゴリオは優しく微笑みかけ、そっと私の手を引いた。
◇ ◇ ◇
学校のように見えた建物の中は、さながら役所のようだった。
書類を手に事務作業をする人たち。
カウンターのようなところで何やら相談をしている人たち。
ミトスの街にあったギルドを大きくした感じと言ってもいいのかもしれない。
まぁ、一族でギルドみたいなことをしているとセスも前に言っていたし、実際ギルドと同様の役割を持つ場所なのだろう。
「この建物の中に僕やセスが属しているジェシスという部署があるんだ」
「なるほど。オルシスもここにあるんですか?」
「…………」
説明に対してそんな質問が来るとは思っていなかったのだろう。オルシスという単語にグレゴリオは足を止めて私を驚き見た。
「オルシスはここにはないよ。あの部署は単独で別の敷地にある」
しばらくの沈黙の後、グレゴリオは少しだけ悲しそうな表情を見せて答えた。
「そうなんですね」
なので、深くは聞かずに頷く。
オルシスは暗殺を専門とする部署だ。それ以上のことを知っていたとしても彼だって話しづらいだろうから。
「こっちだよ」
グレゴリオもそれ以上を言わずに歩き出したので、慌てて後を追う。
この建物にいる人はほとんどがリュシュナ族ということになるのだろうか。どの人も一様に美しく、まさしく"神に創られた人間"という感じがする。
そんな神に創られた美しい人たちが世話しなく事務作業に追われている光景は、一見すると奇妙だ。煌びやかな神殿のようなところで優雅にお茶でも嗜んでいそうな感じなのに。自分がどこか異空間にでも紛れ込んだような感覚がする。
実際、天界なんて異空間のようなものなのかもしれない。
というか、この世界自体が私にとったら異空間なのだ。その中でもさらに現実味を失ったこの天界に、私の居場所なんてあるのだろうか?
――――そもそも私は何だ?
私は、誰だ?
いや、待て。私は何を考えている。エルフなどという非現実的な存在に生まれ変わったのはもう何十年も前のことじゃないか。今さら自分を見失ってどうする。
"天族"という存在は、私にとってそんなに特別なものだったのか?
「ついたよ」
「……!」
グレゴリオの声に、ハッと我に返る。
いつの間にか、人気のない奥まったところに来ていたようだ。薄暗い廊下の突きあたりにある一つの扉。この扉の向こうにセスがいるということだろうか。
「行っておいで。セスが待ってる」
「え……? グレゴリオさんは入らないんですか?」
グレゴリオから予想外の言葉が紡がれ、思わず目を丸くしてしまう。てっきり彼も同席すると思っていたのに。
「いやいや、どう考えても僕はお邪魔虫でしょ」
「…………」
どうしてだろう。彼の管理下に置かれるということは、常に監視されるものだとばかり思っていた。罪を犯したセスと私が2人きりになれるなんて想像すら――――。
「じゃあ、あっちで待ってるからね。シエルちゃん」
そんな私の思考を見抜いたかのように、グレゴリオは悲しく微笑んで踵を返した。
まるで、私の帰る場所はセスの傍ではないと言いたげに。




