第132話
どれくらい時間が経ったのだろう。
外が白み始めてもなお、私たちは言葉も発さず、ただそこに在り続けた。
目の前で眠る彼を見つめながら。
「すべてを思い出した」
それからさらに時が過ぎたころ、私の背に向かってセスは唐突に語り始めた。
ルブラでクルスの扉を発動させようとした瞬間にローレンスが現れたことを、そしてそこでやつが告げていった真実を。
私が返事を返さずとも、振り向かずとも、彼は自分に言い聞かせるかのように語った。
その言葉は、鎖のように私の体に重く巻き付く。
――――あぁ。全部私のせいだった。
私さえいなければ、彼ら2人の道は全く違うところへと続いていたはずなのに。
ヨハンの命はこんなところで、失われることなどなかったのに。
「……ユイ」
ふと、背後にいたセスが私の前へとやってきた。
眠るヨハンを挟んで反対側に。
体はもう、自由に動くようだ。
今にも泣きそうな顔で私を静かに見下ろしている。
「…………」
返事はできなかった。
何か声を発してしまえば泣き叫んでしまう気がして。
「ヨハンを送ってあげよう」
そんな私の心情を察しているのか、それ以上の言葉はなく、セスはポケットから何かを取り出してヨハンの胸の上にそっと置いた。
「……!」
クルスの調べの扉、だ。
ルブラに堕ちた時に、ローレンスによって捨てられたのではなかったのか。
「この部屋に来る前に作ったんだ。迷宮で拾った結晶が、あったからね」
私の疑問を察したのかセスは自らそう告げ、部屋の隅に置いてあったヨハンの荷物を手に取って彼の体に接するように置く。
「立てる?」
そしてヨハンの傍にしゃがみこんでいた私に向かって、手を差し出した。
「…………」
反射的に右手を伸ばす。
が、血塗れの手でセスの手を握るのも、と思い直し右手を下げて左手を差し出した。
「……!?」
しかしその手は掴まれることなく、セスによってふわりと体が抱き上げられる。
「ごめんね……俺のせいで……」
耳元に、苦しげな声が届いた。
「……違う。セスの、せいじゃない……」
「…………」
掠れた声で告げるもセスからの返事はなく、彼は私を抱き上げたままヨハンから離れていく。
なので私もそれ以上何も言うことなく、彼の体に身を預けた。
セスが自分を責めてしまう気持ちは分かる。
私も同じ立場だったらきっと自分を責めてしまうから。
でもそもそもの元凶は私なのだ。
セスにそうさせてしまったのも、ヨハンの命を奪ったのも。
「降ろすよ」
言いながら、セスがそっと私の体を降ろした。
床に座らせようとしたみたいだが、足を床にしっかりとついて立ち上がる。
「大丈夫?」
「うん。セス、首輪外そうか。そのままだと術使えないよね?」
術を使うためには当然封力の首輪をつけていてはできないだろう。そう思って聞いてみれば、しかしセスは首を横に振った。
「大丈夫だよ。クルスの調べは自然に放出されていく神力に音を乗せるから、封じられていても使えるんだ」
「そうなんだ……」
術を封じられていても使えるなら、何をどうやっても止められないということか。恐ろしい術だ。
そんなことを考えていた私にセスは悲しく微笑んで、ヨハンの方をまっすぐに向いた。
「……ヨハン、貴方には多くを救われた。こんな俺を見限らずにいてくれて……ありがとう」
そして目を伏せ、頭を下げる。
その様子に、一度は引いた涙がまた滲み出てきた。
「ヨハンさん、たくさんたくさん助けてくれて、ありがとうございました……。なのに私は、何も恩を返せなくて……」
最後は、言葉にならなかった。
声を詰まらせる私をセスはそっと抱き寄せて、深く息を吸う。
ピィィィ――……と、一度聞いたことのある口笛の音が聞こえた。
すぐにヨハンの胸の上にある結晶が割れ、光の槍が出現する。
神々しい光の槍。
あの時の光景が頭に浮かび、体が震えた。
私を抱き寄せていたセスの腕の力が強まる。
彼の手も少し震えているように思えた。
「ヨハン……」
セスから呟かれたその音と共に、光の槍はヨハンの体を貫いて消えていき、彼の体が粒子となって空中へと舞っていく。
綺麗だ。
光に導かれて空へと還っていくヨハンは、とても綺麗だった。




