第127話
「悪ぃな。呼び出して」
「別にいいけど……意味はあるのか? シエルは夢を通じて貴方を視ることができるんだろう?」
ヨハンとセスが話をしている。
私はそれを、夢で視ている。
場所はヴァレリーにある宿屋。この前と同じ、ヨハンが1人で使っている部屋だ。
「シエルがこの場面を視るとも限らないし、視られたとしてもリアルタイムじゃねぇからな。今この場にいなきゃ、それでいい」
どことなく不安そうなセスに対し、ヨハンは淡々と答える。
そう、私が転生者を視るのはリアルタイムじゃない。
だとすると、これはいつの話?
今日はアイゼンたちと別れた後、ずっとセスと一緒にいた。それだけじゃない。セスが戻ってきて目を覚ましてから、私はセスかヨハンのどちらかと必ず一緒にいた。そんな時間があっただろうか。昨日私が寝ている間に抜け出した? それともセスがルブラに落ちるよりも前の話?
「……後で知られても構わないなら、何で今2人だけで話を?」
「…………」
セスの質問に、ヨハンはすぐに答えなかった。
セスの方も見ず、飲み物を用意している。食器がぶつかり合う音だけが部屋に響いていた。
「話の続きをしようと思ってな。お前がルブラから戻ってきた時の、不可解な現象の話を。あの時、中途半端になってただろ」
飲み物を用意し終えると、ヨハンはそう言いながら部屋の奥にあるテーブルにカップを二つ置き、椅子に腰かけた。
「……何か、思い当たることがあるのか?」
セスもそれを見て、向かいへと座る。
"ルブラから戻ってきた時"、ということは昨日のことなのか? セスが抜け出したことに全く気が付かなかったな。
「まぁ、確証はねぇんだが、あることはある」
セスの質問にどこか煮え切らない返事を返して、ヨハンはカップに口をつける。
「…………」
ヨハンの出方を窺っているであろうセスは、何も言わずに神妙な面持ちでヨハンを見つめていた。ヨハンはそんなセスの方には視線を向けず、どこか一点を見つめて何かを考え込んでいるようだ。
訪れた静寂に、その場にいない私がなぜか居たたまれない気持ちになってくる。
「……お前がルブラから戻ってこれたのは、エンドリオンが迷宮まで転移させ、迷宮にいた冒険者が入り口まで戻してくれた……俺たちは、そう結論付けたよな」
「ああ」
いささか長すぎた沈黙を破って告げられたヨハンの言葉に、セスは即座に頷いた。
先を促すこともなくヨハンの言葉を待ち続けたセスは、なんと大人の余裕に満ち溢れているのか。早く続きを、声が届くならば、私は確実にそう言っていただろう。
「そうとしか考えられなかったから当初はそう結論付けたが、記憶がない間に起こった事象のことを知った後だと、他の可能性が浮かび上がってくる」
「…………」
「身に覚えのない怪我、無くなったクルスの調べの扉、不自然に途切れた記憶……そのすべてを為すことが可能な人物が、1人いるからだ」
「…………」
「魔王ローレンス。シエルを自死に追い込むことに失敗した男。20年前のあの時……お前がやつに生かされた意味が、ここにあるんじゃねぇのか」
ヨハンがそう言った瞬間、セスが妖しく笑った。
ゾッとするような妖艶な笑み。この場に似つかわしくないほどの、美しく、恐ろしく、氷のように冷たい笑みだった。
「……っ!」
それを見て、ヨハンがガタンと音を立てて立ち上がる。
驚愕の表情で、信じられないものでもみるような目で。
もし物理的に干渉できるなら、私もヨハンと同じような顔で同じことをしていたに違いない。それくらい、セスの見せた笑みは恐怖を与え、心臓を高鳴らせた。
「勘が良すぎると早死にするよ、イリヤくん」
そんなヨハンの様子を意にも介さず、セスは穏やかに笑って立ち上がる。
――――いや、セスではない。セスはヨハンを"イリヤ"などとは呼ばない。
あれは、セスの体を借りた別の誰かだ。
「……ローレンス」
ヨハンが震える声で呟く。
認めたくなかった者の名を。関わりたくなかった者の名を。
セスの体を乗っ取っていると思われる、誰かの名を。
その誰かの笑みが深まる。それは肯定に他ならず、突然突き付けられた現実に私の思考は停止した。
「あの時殺しておくべきだったなぁ。君はこの世界に多大なる功績を遺してくれたけれど、今となっては不利益をもたらす存在だ。そろそろ、引いてもらおう」
ローレンスがそう言いながら、背から短剣を抜き、ヨハンへ向けて振った。
ロングカーディガンに隠れて見えないはずの短剣を。セスのことなら知り尽くしていると言わんばかりに自然な動作で。
「ヨハンさんっ!!」
咄嗟に伸ばした手はヨハンに届くことなく、目の前で赤が散った。




