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第125話

 久しぶりに深く眠った。

 心地よい温もりに包まれて。夢すら見ずに。


 目が覚めてもちゃんとそこに温もりがあることに安堵しつつ、より一層の温かさを求めて身を寄せると、衣擦れの音と共に自分を抱く腕の力が強まった。


 言葉はない。けれど、耳に届く吐息にわずかな笑みが含まれていたのを感じ取れたから、私はまた安心して身を委ねるのだ。






「……そろそろ、起きた方がいいよ」


 困ったような、呆れたようなセスの声にまどろんだ意識が覚醒した。


「まだ、こうしていたい」


「でももうすぐ約束の時間だよ。正午に集まるんだろう?」


 約束の時間、という言葉で、再び沈めようとした意識を何とか繋ぎとめる。

 身を起こして窓から見える外の大時計に目をやれば、針は11時過ぎを指していた。アイゼンたちと約束した正午まで、もう1時間を切っている。


 今後のことを話し合うため、この時間に集まろうと提案したのは私だ。さすがに主催者が遅れるわけにもいかない。


「……支度するかぁ……」


「そうだね」


 深く息を吐いてベッドから降りた瞬間、背後からくすりと笑う声が聞こえ、振り返ると気だるげに髪をかき上げるセスの姿が目に入った。


 妖艶なその姿に胸が高鳴りつつ、ふと彼の首にチェーンがかかっていないことに気がつく。


「あれ、セス、扉を外したの?」


 いつから着けていなかったのだろう。

 そんなところまで見ている余裕がなかったので全然気がつかなかった。


「いや、それが……外した覚えはないのに、こっちで目を覚ました時にはなかったんだ。記憶を失くす直前まであったのは確かなんだけど……。あまりに不可解すぎて何がどうなっているのか」


 セスは私の方を見ずに、難しい顔をして答える。


 目を覚ました時にはなかった。確かにその事実は不可解で、どういう要因でそうなったのかをまず一番に考えるべきなのかもしれない。しかし私には、その事実よりも先に確かめたいことがあった。


「記憶を失くす直前まであったのは確か……ってことは、使おうとしたってこと?」


 だって、そうでなければ"あったのは確か"という言葉は出てこない気がする。

 普段肌身離さず着けているものなのだ。使おうと思わなければ、大変な状況下でわざわざその存在を確かめることなどしないだろう。


「…………」


 私の質問にセスはこちらを見ないまま、苦しげな表情を見せた。

 その表情と返ってこない言葉で、肯定なんだと把握できる。


 "もう無理だと思ったのに……どうやって戻ってきたんだ?"


 目を覚ました時に彼が呟いた言葉を思い出す。

 セスはミトスへのリンクが見つからなくて、もう無理だと思ったからクルスの調べを使おうと思ったのか。エンドリオンの餌になるくらいなら、と。


 その気持ちは分からなくもない気がした。


「ごめん、セスを責めているわけじゃないんだ。そんな状況だったのに生きて戻ってくることができて、本当によかったと思って」


 言いながらベッドに腰掛けているセスの首に手を回して、首筋に顔を埋める。


「うん」


 ただ一言頷いて、彼は私をきつく抱き返した。





 しかしどうして、クルスの調べの扉はなくなってしまったのだろう。エンドリオンと交戦している内に、という感じではなさそうなのだが。

 誰かがわざわざそれだけを取ったということだろうか。


 誰が? 何のために?


 "エンドリオンがセスを下層に戻した後に、そこにいた冒険者が入口に戻してくれた"というヨハンの説を推すなら、その冒険者が取ったということになるのだろうか。しかしあれが何の触媒であるかなんて見ただけで分かるとは思えないし、何の触媒か分からないものをあえて持ち去ったりするとも思えない。


 なんだか、嫌な予感がする。


 不明瞭な部分に、重大な何かがある気がして。

 セスが戻ってきてよかった、だけで終わらせてはいけない何かが。


 無くなったものがものだけに、その事象に何らかの思惑があるのではないかと変に勘繰ってしまう。


 どうしよう。怖い。

 またセスがいなくなってしまったら。


 ――――私はもう、耐えられない。

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