第124話
結局、セスに食事が運ばれてくるまで、私はベッドに突っ伏したまま眠ってしまっていた。
「お前な……いい加減食わねーと本気で栄養剤打つぞ!」
その際に現れたヨハンに鬼の形相でそう脅され、無理やり食事処へと連れ出されることになってしまったが。
連れられた食事処には、すでにアイゼンとヴィンセントという先客がいた。どうやらヨハンも含め、4人で食事をするつもりらしい。何とも奇妙な面子だ。
「まぁ、離れたくない気持ちも分かるけど」
「シエルを甘やかすんじゃねーよ。それとこれとは話が別だ」
「……はい、すみません」
ヨハンに引きずられてきた私を見てアイゼンが同情してくれたが、即座にヨハンから睨まれて閉口した。アイゼン、ごめん。
「俺はどちらの気持ちも分かるから何とも言えないな」
ヨハンとアイゼンのやり取りを傍観していたヴィンセントが小さい声で呟きながら、私にメニューを手渡してくれた。
彼は医術学校に通っていないらしく、医術には疎いそうなのだが、れっきとした治癒術師だ。立場的にそう言うしかないのだろう。みんなに気を遣わせて申し訳ないな。
とりあえずお礼を言ってメニューを受け取り、品書きに目を通す。
さすがに安心感からかお腹も空いてきているので、どれも非常においしそうに見える。
セスも今頃食べているだろうか。早く一緒に食事をしたいな。
「セスの治療費……俺が治癒に加わった分を差し引いても白金貨15枚くらいになりそうだな」
不意に聞こえたヴィンセントの言葉に思考が遮られる。
今何て言った?
白金貨15枚? え? 日本円にしたら150万?
「そりゃあ……あの状態からの治癒じゃいくだろうな」
メニューに目を向けたまま、ヨハンは何てことないように答える。
「治癒術を依頼すると高いとは聞いてましたが、そんなにするんですか?」
「元の世界を基準に考えたって、別におかしい話じゃないだろ。保険制度があるかないかの違いだ」
「はぁ……なるほど……」
ヨハンの説明に頷くしかない。
要は元の世界だって10割を負担すれば、それくらいの値段はしていたということか。
「それでもヴィンセントが治癒に加わってくれたおかげで安く済んでるんだ。しょうがねぇさ。命には代えられねぇ」
「命には代えられない……それはもちろん、その通りですね」
そう、そうなのだ。
ヴァレリーの治癒術師がいなかったらセスは助からなかった。
だから感謝しているし、もちろんそれ相応の対価が発生することも理解している。ただ、相場を知らなかったから驚いただけで。
「ヴィンセントさん、改めてありがとうございました。ちゃんとしたお礼はまた後で」
「いや、俺に礼は必要ないよ。仲間として、当然のことをしただけだ」
私の言葉に、ヴィンセントは柔らかく笑って首を横に振る。
「……ありがとうございます」
そう言われてしまうと何も返せないので、とりあえずもう一度お礼だけ言って素直に引き下がる。ヴィンセントはその言葉に小さく頷いてから、視線を外した。
年相応の落ち着いた風貌を持つ彼は、いつだって静かにみんなを見守っていて、まるで『お父さん』のようだな。そんなことを考えながら、久しぶりの食事を喉に通した。
◇ ◇ ◇
セスは出された食事を完食できたとのことで、戻ったころには入院費の支払いも済ませて、さらには退院の準備まで始めていた。
割と無理して食べたらしく、吐きそう、と呟いてはいたが。
「それだけ早く退院したかったんだろうよ。じゃねーと、お前がいつまで経っても休まねぇから」
そんなセスを呆れ顔で見つめつつも咎めはせずに、ヨハンは私にだけ聞こえるようにそう言った。
「……返す言葉もないです」
事実なので何も言えず、目を伏せる。
「まぁ、これで安心して休めるな。お前だけじゃなく、俺らも」
クッというヨハンの笑い声と共に、さらに申し訳なくなる言葉が頭上から降り注いだ。




