第123話 Side-セス
「シエル、寝ちゃったのか」
ノックをした人物、アイゼンはヨハンと同様、眠るユイを見て開口一番そう言った。
後ろにはヴィンセントもいる。約束通り、連れて来てくれたようだ。
「安心したんだな」
誰かの言葉を待つでもなくアイゼンはそう呟いてユイを見下ろす。
その表情には大人の余裕みたいなものが感じられ、20年前とは違う姿に驚かされる。
「ヴィンセント、今回の件では迷惑をかけた。助けてくれてありがとう」
「あぁ、いや、気にしないでくれ。元はと言えばこちらが誘ったのが原因だし、こちらこそすまなかったな。助けられて本当によかった。怪我は全部治せたと思うんだが、痛むところはないか?」
そんなアイゼンを横目にヴィンセントに声をかけると、彼は小さく頭を下げてからそう問いかけた。
その言葉に軽く体を動かしてみるも、痛むところはない。
「……大丈夫そうだ。ありがとう」
「ならよかった」
もう一度礼を言うと、ヴィンセントは穏やかな笑みを見せた。
もうすでに神力は全快しているようだが、ここの治癒術師と共にあの怪我を治してくれたのなら、そこそこ体も辛かっただろう。後で彼にも相応の対価を渡さないといけないな。
「シエル、宿に運ぶか。ちゃんとベッドで寝かせてやったほうがいいだろ」
話が一区切りしたと判断したのか、アイゼンが唐突にそう切り出す。
「やめとけ。下手に場所を移すと目が覚めた時に大騒ぎしかねない。"セスが帰ってきたのは夢だったのか"ってな」
「あー、確かに……。やめとこう」
しかし、即座にヨハンからそう提案され、彼は苦い顔をして深く頷いた。俺がいない間のユイがどんな様子だったのか気になるが、聞くのが憚られるほどの様相をしている。
ヤバかった、とヨハンは言っていたが、一体何がどうヤバかったのだろう。
「セス、とりあえずお前は食事が普通にとれるようになったら退院していいってよ。俺はそれを伝えにきたんだ」
「ああ、分かった」
「……ん」
ヨハンの言葉に頷いた瞬間、ユイが小さく呻き、目を開けた。
「あれ、私!?」
そしてぼんやりと周りを見回し、全員が揃っているのを見て文字通り飛び起きる。
あぁ、そんなに急に動くと……
「……!」
懸念した通り、急激に動かしたユイの体はふらつき、すぐ近くにいたヨハンによって支えられた。
自分が支えてやれなかったことを歯がゆく思うも、体を崩さずに済んだことに安堵する。
「あ、すみませ……」
「シエルお前、そろそろちゃんと食って寝ろよ。じゃねーと栄養剤打つかんな」
「えっ」
ヨハンはユイを椅子に座らせながら脅し、返事も待たずに部屋から出て行ってしまった。
「俺たちも行くか、ヴィンス」
「ああ、そうだな。シエル、ゆっくり休むんだよ」
「え、ちょ……」
それに続いてアイゼンとヴィンセントも退出し、部屋が静寂に包まれる。
「……なんで起こしてくれないのぉ……」
しばらく茫然と扉を見つめていたユイだが、急に振り返って俺を睨みつけ、低い声でそう言った。
告げられた言葉には確かな怒りと恨みが感じられる。
「ごめん」
なぜ怒られているのかいまいち分からないが、下手に言葉を返すと火に油を注ぎそうなのでひとまず謝っておこう。
「みんなに寝顔見られたぁ……」
そう言いながらユイは俺の方に向き直り、ベッドに突っ伏す。
それの何が問題なの、と聞くと、彼女は勢いよく顔を上げ、また俺を睨んだ。それに怯んでごめん、ともう一度謝ると何も言わずに再びベッドへと顔を埋める。
なんなんだ。俺はどうしたらいい。
「ユイ、ヨハンの言うように何か食べて休んでおいで。俺ももうすぐ退院できるから」
「……もうすぐ退院できるなら待ってる」
「ヨハンに注射打たれちゃうよ」
「それでもいい。待ってる」
とりあえず休むよう勧めてみるも、ユイはベッドに顔を埋めたまま頑なに頷かない。
困ったな。どうしたものか。
「俺がいない間、ほとんど食事や睡眠をとっていなかったんだろう? 君に倒れられたら俺の心が痛む。お願いだから休んできてよ」
「やだ。痛めばいい」
「…………」
「…………」
「…………」
誰か助けてくれ。




