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第122話 Side-セス

 ベッドに伏せって眠るユイの髪を撫でる。

 俺がいない間、そしてここに運ばれてから目を覚ますまでの間、ずっと眠っていなかったのだろう。見た目に分かるほど憔悴していた彼女は、抱きしめている間にすとんと眠りに落ちてしまった。


 ベッドに寝かせようかとも思ったが、なにぶん血と土で汚れてしまった体で寝ているベッドだ。そんなところにユイを寝かせる気にはなれず、座った状態のまま伏せるように寝かせるしかなかった。


 どこかに運んでやりたいがこの場所の勝手も分からず、どうしたものか。そんなことを考えながらも、かたわらから離すのが惜しくて髪を撫で続ける。

 手に伝わるのはさらさらとした髪の質感。紛うことなき現実のはずのそれは、しかしまだどこか夢心地のような気がした。


 帰れないと悟ったあの時、クルスの調べの扉を握りしめて口笛を吹こうと息を深く吸った。そこまでは覚えている。が、そこからの記憶がない。不自然と言っていいほど唐突に途切れている。急激に意識を失うような状態ではなかったはずなのに、あまりに不可解だ。戻ってくることができてよかった、で終わりにしていいのだろうか。


 と言っても記憶にない以上、どうしようもないが……。


「……?」


 物思いにふけりながら何気なく胸に手をやると、使われていないはずの扉はそこに存在しなかった。

 運ばれた際にヨハンが外したのだろうか。それとも、目を覚ます前にユイが?


「セス、いいか?」


 不意にヨハンの声が聞こえて、思考が遮られる。


「どうぞ」


「シエル……寝てんのか」


 返事をするとすぐに扉は開き、入ってきたヨハンが開口一番に言った。


「ああ……寝てなかったんだろう?」


「だろうな。俺もずっとシエルの傍にいたわけじゃねぇからはっきりとは分かんねぇけど」


「あれからどれくらい時間が経ってる?」


「迷宮の入口に戻ってくるまで2日弱、運ばれてから目を覚ますまで丸1日ってとこか。食事もロクにとってねぇだろうから、お前じゃなくてシエルに栄養剤を使いたいくらいだぜ」


「……そうか」


 3日間、睡眠も食事もしていなかったのか。

 そこまで想われていたのは嬉しくもあるが、さすがに胸が痛い。


「……こいつ、お前がいない間まじでヤバかったぞ。お前が戻ってこなかったら……躊躇いなく後を追っちまっただろうな」


「後を追うなど、貴方がさせないだろ」


「どうだかなぁ……。この場合、それが正しいとも思えねぇわ」


 当然だ、と返ってくるとばかり思っていたが、予想とは反してヨハンはそんなことを言う。

 ヨハンらしかぬ言葉に驚きの目を向ければ、彼はそれから逃げるように視線を逸らした。


 ヨハンにそう思わせるほどだったとは胸が痛いどころの話じゃないな。


「ま、生きて戻ってこられたんだからいいだろ」


 俺が言葉を発する前に、ヨハンはそう結論付けて悲しげな笑みを見せた。まるでこの話はこれでおしまい、とでも言いたげだ。


 なら、その前に聞かなければ。


「ヨハン、ちょっと聞きたいんだけど……クルスの調べの扉を外したのは貴方か?」


「は?」


 唐突な質問にヨハンが目を丸くする。

 その様子では彼が外したのではなさそうだ。


「貴方じゃないならシエルか。ごめん、何でもない」


「いや、待て待て。クルスの調べの扉って黄色い結晶のペンダントだよな。そんなもん、運んだ時から着けてなかったぞ。だからシエルが外したってことはねぇな」


「……え?」


 今度は俺が目を丸くする番だった。


 忘却のないヨハンが言うのだからその言葉に間違いはないはずだが……ならば扉は一体どこに。


「着けてたのは確かなのか?」


「ああ。使おうと思って結晶を握ったところまでは覚えているんだ。でもそこからの記憶がない」


「握った……? お前それ、どっちの手で握ったんだ。右手か? 左手か?」


 何かを考える素振りを見せてから、ヨハンが問う。


「……? 右手で。左手は肩を噛まれたせいで動かせなかった」


 しかしその問いの意図は俺には分からなかった。

 なぜそんなことを聞くのだろう。


「発見時、お前は()()()()()()()()()()。覚えはあるか?」


 全く身に覚えのない話に背筋がぞわりとした。

 右手首の骨折? それは本当に俺の話なのか?


「……ない」


「だろうな。あれだけ腫れてたんだ、結晶を握るなんて芸当ができたとは思えねぇ」


「……じゃあ俺は記憶をなくした後に右手首を骨折して、扉を紛失したってことか?」


「そうなるな。だとすると……エンドリオンがやったとも、お前を迷宮の入口まで転移させた冒険者がやったとも考えにくいわけだが」


 ヨハンがそこまで話したところでノックの音が響き、会話は中断された。

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