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第121話

「正直、ルブラで彷徨っていた時は、アイゼンを恨みがましく思う気持ちもあったんだ」


 アイゼンが完全に退室し、2人きりになってからセスは自嘲するかのような笑みを見せてそう言った。


「こんな急に君との日々が終わるなんて、納得できなくてさ。エンドリオンなんて狩りに行かなければよかった、ルブラに転移するなんて聞いてないのにって」


「ごめん、私がその提案に乗ったから……」


「君にその判断を委ねたのは俺たちなんだ、君は悪くない。もちろん、アイゼンだって悪くない。だからこれは俺の完全な八つ当たりだよ」


 困ったような笑みを見せて、セスが私に手を伸ばす。


 その手を取ると、思いのほか強く手を握られた。


「でも、本当に絶望的な状況だった。生きて帰れたなんて、正直今でもまだ信じられない。これは俺が死の間際に見ている夢なんじゃないかって」


「大丈夫、夢じゃない。私はちゃんとここにいるよ」


「……ユイ」


「……!」


 勢いよく起き上がって、セスが私を強く抱きしめた。

 息が苦しくなるほど強く。私の存在が、夢ではないことを確かめるように。


「セス……」


 私もセスの背に腕を回す。

 ずっと待っていた温もりを、閉じ込めるように。


「よかった……セスが帰ってきてくれて、よかった……。待ってる間、不安でどうにかなってしまいそうだった」


「ごめん……。ごめんね、不安にさせて」


 苦しい息の元、絞り出すように告げると、切ない声と共に私を抱く腕の力が強まった。


「……っ」


 さらに息が苦しくなって身じろぐも、その力が弱まることはなく、震える吐息が耳に届くだけだ。


「セ、ス……苦し……」


「……ごめん」


 その言葉でセスはやっと腕の力を弱めた。が、弱まっただけで未だ抱きしめられたままだし、耳に届く吐息も変わらず震えている。泣いているのだろうか。セスの肩口に顔を埋めているので、彼の表情を窺うことができない。


「……ねぇ、ユイ。これが夢じゃないと言うのなら……君に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれないか」


 しばらくそうした後にセスはそっと離れ、真っすぐに私を見つめて言う。何かを決意したような、そんな真剣さを持った目で。


「なに?」


「戦いに身を置くのはもうやめて、ミトスのどこかに定住しないか。俺は君と穏やかに暮らしたいんだ」


 告げられた言葉は、予想外のものだった。


 定住したい、穏やかに暮らしたい、それはつまり結婚生活的なものをしたい、ということだろうか。


「俺は君が隣にいてくれれば、目新しいことなんてなくたっていい。だから正直、アルディナにだって不必要に行きたくないと思ってる。君と離れてしまう可能性がある行動は、極力取りたくないんだ」


「セス……」


「どうか、頷いてくれ。君も同じ気持ちであってほしい」


 苦しそうに顔を歪めて、セスが私の手を強く握る。


 痛みさえ伴うそれは、それでも胸の痛みに比べればなんてことなかった。


「……正直、セスと離れることになるかもしれない可能性なんて、考えてなかった」


「…………」


 セスが待っていた答えではない言葉に、しかし彼は何も言わずに続きを待った。


「セスが戻ってこなかった時、不安でどうにかなってしまうかと思った。セスが血まみれで戻ってきた時、どうしたのか覚えていないほどに自分を見失った。セスを失ってしまうかもしれないってなって初めて……ただの日常がどれほど愛おしいのかを知ったんだ。馬鹿だよね。セスの命は何にも代えることができないのに」


「…………」


「クルスの調べの扉さえなければ、セスが死ぬことはないんだと思ってた。置いて行かれることはないんだと思ってた。でも違った。戦いに身を置いている以上、いくらセスが強くたって、ある日突然いなくなってしまうかもしれないんだ」


「……そうだね。そしてそれは、君にも言えることだ」


「うん。でもそれは嫌だ。私は生きたい。セスに生きていてほしい。ずっと、一緒にいたい。戦いに身を置くことなんて……興味本位で危険なところに行くことなんて……命と天秤にかけるものでもなかった」


 言いながらセスの首に腕を回して引き寄せる。

 彼はそれを拒まずに、そっと私の背に手を添えた。


「だからセスの言うように、どこかでのんびり暮らそう。2人でずっと一緒に」


「……ありがとう、ユイ」


 背に回っている腕の力が強まり、再びきつく抱かれる。


 エリーではなく、血の匂いを纏うセスが二度と離れないよう、私もきつく抱き返した。

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