第119話
「セス!!」
ヨハンと共に駆け寄る。
突然現れたセスを見て、周りの人が悲鳴を上げたのが分かる。青い顔をして見つめているのが分かる。だって到底生きているようには見えないのだから。
血の気の引いた青白い顔。血に塗れた全身。なおも流れ落ちていく血液。
ピクリとも動かないセスを目にして、膝が崩れ落ちる。体を支えるために着いた手も、震えていた。
「セス……セス……っ、ぁ、ああぁぁ……っ、セスっ……!」
「シエル、落ち着け! 大丈夫だ、まだ生きてる! でも俺じゃだめだ、治癒術師に診せねぇと……!」
セスに縋りついて泣く私に、ヨハンの言葉は届かなかった。
◇ ◇ ◇
それからのことを、私はよく覚えていない。
後から聞いた話によると、ヨハンは周りの冒険者に手伝ってもらってセスをヴァレリー内にある診療所に運んだのだという。
そんな彼らの後を、私は泣きながら追っていたらしい。セスの名を呼びながら泣いていた記憶だけはあるが、その辺は曖昧だ。
診療所の待機室に1人取り残された私は、ちょうど戻ってきたところで騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたアイゼンたちに声をかけられるまで、ただ茫然と立ち尽くしていた。これも記憶としては曖昧であるが、状況を照らし合わせると間違ってはいないようだ。
ここからのことは覚えている。
ヴィンセントはすぐにセスの治癒に加わってくれ、待つしかない私の傍にはアイゼンがいてくれた。ヨハンが"もう大丈夫"だと言いに来てくれるまで、ずっと。
無責任に慰めることはせず、泣きじゃくる私にただ寄り添ってくれていた。
セスは、診療所の治癒術師とヴィンセントによって命の危険がないところまで回復されたが、全快までは時間がかかるので薬で眠らされている。
エンドリオンに噛まれたと思われる肩の傷が酷く、ひとまずそれを治癒するだけで手いっぱいだったようだ。噛み千切られる一歩手前だったと、治療に立ち会ったヨハンは言っていた。
それを聞いただけでも痛い。
セスほどの腕を持っているならエンドリオンなんて簡単に倒せるはずなのに、一体何があったのか。アイゼンが唇を噛み締めてそう呟いていたのを横目に、じわりと溢れそうになる涙を閉じ込めるように目を伏せた。
◇ ◇ ◇
それからどれくらい時間が経ったのか、あえて把握はしていなかったが、やっと面会が許されたので私はセスの元へと訪れた。
ちなみにそれまでアイゼンと一緒にいたのだが、彼は"最初に会うのはシエルだけがいいだろうから"、と謎の気遣いを見せてついて来ていない。
「じきに目が覚めるから傍にいてやれ」
そしてヨハンもまたそんな言葉を残していなくなってしまい、病室には未だ眠るセスと私の2人だけになった。
怪我はすべて治癒されたというセスの顔色は悪くない。頬に触れてみるとほんのり温かく、私の胸に安堵をもたらした。
「……ん」
それが刺激になってしまったのだろうか、小さく呻いてセスが目を開ける。
「セス……」
「…………え? ユイ?」
ぼんやりと私を視界に入れたセスが、長い間を経て意識をはっきり取り戻し、驚いたように目を見開いた。
「うん。セス、痛いとこない? 危ない状態だったんだよ……無事で、よかった」
「……な、……なん、で……」
私の問いかけには答えず、セスは信じられないものを見るような目で私を見つめて呟く。
「なんで、俺……生きてるんだ?」
そしてひどく狼狽えた様子で上体を起こし、自分の腕に繋がっている点滴に目をやってから私を見た。
「ここの治癒術師とヴィンセントさんが助けてくれたんだよ」
「……ここ、ヴァレリー?」
「うん、そうだよ。入口にいた冒険者の人たちに手伝ってもらってここまで運んだんだ」
「……俺、どうやってミトスに戻ってきたんだ?」
「え?」
予想外の言葉が返ってきて混乱する。
ミトスに戻ってきた? どういう意味だろう。
「俺……俺、ルブラに落とされたんだ。ミトスへのリンクを探したけど見つからなくて……もう無理だと思ったのに……どうやって戻ってきたんだ? 覚えてない……俺は、どうして生きているんだ……」
「…………」
自分の両手を見つめながら疑問を繰り返すセスに、私は何も返すことができなかった。




