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第118話

 砂が落ち切った砂時計をひっくり返す。


 30分を計るためのこの砂時計を、私は何回ひっくり返しただろうか。


 何の意味もないこの行為を、むしろ精神衛生上よろしくないこの行為を、ヨハンは憐れむように見つめるだけで止めはしない。


 そうしなければ私が心を保てないと、彼にも分かっているのかもしれないな。


 サラサラと流れ落ちていく砂を、ただ眺める。


 待つ、ということがこんなに辛く苦しいことだとは思わなかった。

 ルブラに落ちた20年前のあの時、セスもこんな気持ちで私を待っていたのだろうか。


「シエル、そろそろ何か食え」


 しゃがみこんで砂時計を眺めている私の上から、ヨハンの声が降ってくる。


「……お腹空いてません」


「それでもだ。食える分だけでいいから」


 ヨハンの方を全く見ずに答えた私と同じ目線になるようにしゃがんで、彼は保存食を差し出した。


「…………」


 そこまでされてはさすがに無視できず、とりあえずヨハンと視線を合わせる。


「お前全然食ってないだろ。あれからもう」


「言わないで!」


「…………」


 今までにない強い口調でヨハンに言うと、彼はまた憐れむように私を見て口を噤んだ。


「すみません、失礼な言い方をしました……。でも、言わないでほしいんです。あれからどれくらい経ったかなんて、知りたくない……っ!」


「いや、気にするな。俺も悪かったな」


 じゃあ何で砂時計など出してきたのか、とも言わず、お前がひっくり返しているのだからどれくらい経っているのかは把握しているんじゃないのか、とも言わず、ヨハンは苦しげな表情で目を伏せ、立ち上がった。


 そう、私は把握していない。

 砂時計を何回ひっくり返したのか、あえて数えていないから。


 私はそのためにこうしているのではない。この砂が落ち切る前にセスは戻ってくると、信じたくてそうしているだけなのだ。


 意味が分からないな。私にさえ分からないのだから、きっとヨハンにだって意味が分からないだろう。


 それでも彼はそれ以上何も言わなかった。


 忘却のないヨハンには、きっと私が何回砂時計をひっくり返したか分かっている。セスがどこかに連れ去られてしまってからどれくらい時間が経っているのかを、分かってしまっている。


 自分が知りたくもないことをヨハンには強制的に分からせているなんて。自分勝手で残酷だったな。


 そう思いながら砂時計を手に取って、頭より高い位置に上げてから落とす。


 パリンと音がしてガラスが割れ、中の砂が散らばった。


「お前……! 何してんだよ」


 それを見ていたヨハンが焦ったように一歩を踏み出す。


「砂時計を割りました」


「んなことは見りゃ分かんだよ。なんでそんなことをしたのかと聞いてんだ」


「ヨハンさんに無理やり時間把握させてたの申し訳なかったなぁと思って」


「…………」


 そう言った私を、ヨハンは驚いたような、悲しそうな、よく分からない表情で見つめている。


「お前一度ヴァレリーに戻れ。風呂入りに行ってもいいし、宿を取って寝てもいい。なんなら店を眺めてくるだけでもいい。とにかく戻れ」


 そして捲し立てるようにそう言うと、私の腕を掴んで無理やり立たせた。


「え? どういうことですか?」


「お前の精神状態はかなり悪いところにある。このままここにいたらもっとやばくなるぞ。一度違うことして落ち着けてこい」


「…………」


 何を言っているのだろう。

 目の届くところにいてもらうって言ったのはヨハンなのに。


 しかし私を見つめるヨハンは驚くほど真剣な表情だ。およそ冗談を言っているようには見えない。


「お前が今どんな顔してるか教えてやろうか? 笑ってんだぞ。自分では気づいてねぇよな」


 そんなヨハンに何と返していいのか分からず呆然と見つめ返していると、彼は予想外の言葉を口にした。


「……え?」


 私が笑っている? そんな馬鹿な。こんな状況で私が笑えるわけが。そう思って頬に手をやると、口元が変に引きつっていた。


「お前は今、そんな心境にねぇだろうが。なのに勝手にそうなってるってことは、それだけ心が」


「うわぁぁっ!」


 そんな私を憐れむように見ながらヨハンが言葉を続けるも、その途中でどこからともなく悲鳴のようなものが上がって中断される。


「……っ!?」


 悲鳴が上がった方に視線を向けると、そこにいたのは血まみれで倒れているセスと、それを青い顔で見つめる冒険者たちだった。

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