第115話 Side-セス
「……っ!」
飛びかかってきたエンドリオンの爪を躱しながら、急所を突く。
その際に爪が右の二の腕を抉り、焼けるような痛みが走った。
「く、ぅ……っ」
もう何匹エンドリオンを倒しただろうか。
ここの洞窟にはエンドリオンしか生息していないようだが、いかんせん数が多い。エンドリオンを狙って迷宮内で狩りをしている人間からすればお宝の塊のような場所かもしれないが、俺にとっては邪魔でしかないわけで。リンクを探そうにもなかなか捗らないのが現状だ。
「はぁ……はぁ……っ」
膝をついてしまったら立ち上がるのが難しくなるのに、痛む体が言うことを聞かない。
体の痺れ。息苦しさ。積み重なった傷の痛み。そろそろ体力の限界が見えてきている。この洞窟内にミトスへのリンクがなかったら、俺はきっともう……。
いや、考えるな。諦めないと決めたんだろ。なら早く立て。もう時間がない。
「……っ、……はぁっ……は……っ」
痛む体を奮い立たせて立ち上がり、壁に体重を預けながら一歩ずつ確実に進む。
あるかないか分からないリンクを求めて。
ユイの元に帰るために。
「……っ!?」
エンドリオンが急に飛び出してきて、体を倒される。
背中を打ち付けた痛みと左肩に食い込んだ爪の痛みを無視して剣を振ると、俺の上から飛び退くようにしてエンドリオンは離れていった。
すぐに立ち上がって剣を構える。
危なかった。
エンドリオンは足音を立てないモンスターだから常に気配を追っていたのに。もっとちゃんと集中しないと。
そう考えた瞬間、背後から気配を感じて俺はその場から飛び退いた。
俺のいた場所に別のエンドリオンが着地する。
もう一匹だと。くそ、こんな満身創痍な状態で二匹を同時になんて。
都合よく同士討ちでも始めてくれないかと期待したが、どうやら先に俺の息の根を止めることを優先したらしい。二匹がじわじわと距離を詰めてくる。
「!」
飛びかかってきたのは先にいた方のエンドリオン。
爪を躱しつつ剣を振るも、腹を掠めただけに終わってしまった。
その隙にこちらへと向かってきていたもう一匹のエンドリオンが爪を繰り出してくる。
「くっ……!」
体を捻ってそれを避け、腹の方から急所を突く。そしてその体を蹴って反動で剣を抜いた。
この動作を、よくスムーズにできたと思う。それくらい、今の身体的状況は悪い。
だからもう一匹が飛びかかってくるのが分かっていても、次は都合よく動かなかった。
首を狙って大きく開けられた口を辛うじて躱すも、わずかにしか動かなかった体では避けきれず、左の肩口から腕にかけてを喰らいつかれる。
「ぐぅっ……!」
上下の牙が深く食い込み、あまりの痛みに呻く。食いちぎられたと錯覚するほどだった。
これ以上の追撃を受ける前にエンドリオンの首に深く剣を突き刺し、俺の肩から口を離して大きな咆哮を上げたやつの体を蹴り飛ばす。
起き上がってこないので恐らく絶命したのだろうが、それを確かめる余力はなかった。
壁に背を預けて、ずるずると座り込む。
「ぐ、う……ぁ、……っ」
左肩からの出血が酷い。止血しなければこのまま失血死するのは確実だ。が、体力がない今の状態で治癒術を使えば、神力消費に伴う体力の消費で内臓が傷ついて死ぬだろう。
――――ここまで、か。
ユイ、ごめん。
俺はもう……君の元には帰れない。
俺が帰ってこないと悟ったら君はどうするのだろう。俺の後を追うのかな。いや、そんなことヨハンがさせないか。だとしたらいずれ立ち直って、誰かの傍で……。あぁ、そんなの考えたくもない。
エスタに永住したいと無理にでも言えばよかったな。家庭的な生活をしてみたい、と言う勇気がなかったばかりに。それを聞いたら君は"いいよ"と言ってくれただろうか。
ずっと一緒に、いられただろうか。
だめだ。考えるな。悔しくて泣いてしまいそうだ。
――――だからもう、終わりにしよう。すべてを。
「はぁっ……はっ……ユイ……」
シャツ越しに首から下げている扉を握ると、結晶の硬い感触が手に伝わってきた。あぁ、これを使う時は君も一緒に連れていくと約束したのに。
ごめん。
約束を守れなくて、ごめん。
「こんなところで死んでもらっちゃ困るなぁ」
しかしクルスの調べを発動させようと息を吸った瞬間に、どこかで聞いたことのある声が響いた。




