第114話
「…………」
転移してきた誰かの姿が目に入るたびに、それがセスではなくて落胆する。
――――遅い。
アイゼンたちの話ではエンドリオン自体はそう強くないということなのだが、まさか怪我でもして動けなくなっているのだろうか。それとも私の時間感覚がおかしくなっているだけで、実際にはさほど時間が経っていないのだろうか。
「…………」
吐き出す息が震えている。
このどうしようもない不安を共有したくてヨハンの方を見てみると、彼は背を壁に預けて何かを考え込んでいるようだった。
「セス、遅くないですか。それとも、私が不安に思っているからそう感じるだけなのでしょうか」
「……遅いは遅いな」
近づいて話しかけてみると、ヨハンは私と目を合わさずに口を開く。
不安に思っているからそう感じるのだと言ってほしかったのだが、しかし期待通りの返事はこなかった。
「セス……怪我をして動けなくなってるんじゃ」
「可能性として有り得なくはねぇけどな」
「ねぇ、ヨハンさん、セスを探しに行きませんか」
全く私と視線を合わせないヨハンに振り向いてほしくて、思わず彼のコートの袖を掴む。
「落ち着け、シエル」
ヨハンはそこでやっと私に目を向けた。憐れむような目を。
その憐れむような目に、私の心がざわつく。
どうしてそんな目で私を見るんだ。
不安に思っているのは私だけなのだろうか?
「逆に何でヨハンさんはそんなに冷静なんですか? セスのこと、心配じゃないんですか?」
「慌てることであいつが帰ってくるならいくらでも慌てるけどな。そうじゃねぇだろ?」
責めるような問い方をしてしまった私を咎めずに、ヨハンは諭すように言う。
「…………」
正論だ。
「まぁ、落ち着けば帰ってくるのかと言えば、そうでもねぇんだけどな」
再び私から視線を外して、ヨハンは呟く。
それもまた正論だ。
でもそんな言葉は今はいらない。できれば自分の胸に留めておいて欲しかった。
ヨハンの服の袖を掴んでいた手を離す。
その手は少し、震えていた。
「やっぱりエンドリオンが人を巻き込んで転移するなんて、他の人たちも見たことないみたいだな」
再び静寂に包まれた私たちの元に、アイゼンとヴィンセントが近づいてきて言う。
彼らは下層で狩りをしている人たちに先ほどの事象を聞きに行ってくれていたのだが、結果は想像していた通りのものだった。
セスがエンドリオンと一緒に転移していった時に2人とも驚いていたし、通常では起こり得ないはずのことだったのだろう。
だからこそ、余計に不安が掻き立てられる。
「アイゼン、セスを探しに行きたいんだけど」
「そうだな。でもそれは俺とヴィンスで行く。シエルはここでヨハンさんと待ってて」
アイゼンに縋るように申し出ると、彼は真剣な表情で頷いてそう言った。
正直、"待ってて"と言われるような気はしていたが、ここでただ待っているなんて精神がもたない。
「何で? 私が行ったら足手まとい?」
「ああ、そうだ」
「……っ」
そう思って食い下がるも、まさかの返事を返され言葉に詰まる。
アイゼンなら"そんなことないけど"と前置きして、別の理由を言ってくれると思っていたのに。
「シエルは下層に慣れてないだろ? 効率よく探すためには、俺とヴィンスの2人で行った方がいい。それにセスが自力で戻ってくる可能性だってあるんだから、シエルがここで待ってないでどうする」
「…………」
恐ろしいほどの正論。まさかアイゼンから正論で諭されるとは。
変わっていないように見えて、やはりアイゼンも過ぎた年月の分、成長しているんだな。
「悪ぃな、2人とも頼む」
「ヨハンさんも、シエルのこと頼みます。何か1人で暴走しちゃいそうな感じするんで」
「ああ」
ヨハンとアイゼンが私を目の前にしてそんな会話を交わしているが、否定できないのが悲しいところだ。
「シエル、お前は俺の目の届くところにいてもらうぞ。お前までいなくなっちまったら、収拾つかなくなるからな」
私に向かって、ヨハンが念を押すように言う。
「……はい」
そこまで言われてしまえば、素直に頷くしかなかった。




