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第111話

「俺はアルディナで自ら死を望む人間を山ほど見てきた。そういう人間に死を与える仕事をしていたからね。だからあれだけ永く生きてきたヨハンが"そろそろ"と死を望む気持ちは理解できるんだ。ねぇ、ユイ、それは……そんなに悪いことかな?」


「…………」


 穏やかに紡がれるセスの問いに、私はすぐに答えられなかった。


 おそらく自分がその境地に達していないから分からないのだと思う。

 死を望んだ人に対して、気持ちはよく分かりますなんてとてもじゃないが言えない。


「分からない……。良いとか悪いとか……そういう次元の話なのかどうかも、分からない。でも私は……悲しいんだと思う。ヨハンさんが死んでしまったら、悲しい……」


「うん、そうだね。悲しいよね。それは普通に生きてきた人間なら……当然の感覚だ」


 私の言葉にセスは頷いて、悲しげな笑みを見せた。


「でもね、ユイ。それを理由に引き留められるのは……引き留めた責任を負える人間だけだ」


「…………」


「だからレクシーもヨハンを引き留めなかった。俺も同じ理由で引き留めない。君は……どうする?」


「…………」


 セスは終始穏やかだ。到底穏やかな話ではないことを、穏やかに説いている。


 あぁ……みんな悲しいんだ。

 悲しいけど、引き留めた責任を負えないから感情を呑み込んでいる。


 じゃあ私は? 私は……その責任なんて負えないくせに、ただわがままだけを言っているだけだ。後のことなど何も考えずに。


 なんて無責任で、自分勝手だ。


「……ごめん、わがままを言った」


「まだ本人には言ってないだろ? 言う前に、君は気づけたんだ」


「……ありがとう、セス。気づかせてくれて」


「…………」


 ありがとう、という言葉に、セスは何も返さずただ悲しい笑みを見せた。


「でも……セスがヨハンさんを手にかけるのを容認できるかって言ったら、それは……うーん……」


「……そうだな。まぁ、これはおそらく、誰が折れるかという話なんだと思う」


 悲しい笑みはそのままに、セスは私から視線を外した。


「誰の気持ちが一番強いか、と言った方がいいかな。ヨハンは自分でケリをつけたいと思っている。俺は、ヨハンにそれをさせるくらいなら俺の手で送りたいと思っている。君はそんな俺を止めたいんだろう? だから誰の気持ちが一番強いのか、という問題だ」


「……誰の気持ちが一番強いか……」


 だとしたら、私はその中に入ってはいけない。

 確かにセスにヨハンを殺させたくはない。でもそれを止めたとして、じゃあヨハンが自分で自分の命を絶つのはいいのか? いや、よくない。よくないけれど、私にそれを止めることはできない。止めた責任を、取ることはできないのだから。ならば……私は安易にセスを止めてはいけないのではないか?


「ごめん、私は……セスを止めない。この件に関してはもう口を挟まない。結果を、受け止める」


「……そうか」


 セスは一瞬驚きに目を見開いて、真剣な顔でただそれだけを呟く。


 理由を聞いてくることもなく、それ以上何かを語ることもなく、夜は静かに更けていった。




 ◇ ◇ ◇




「……そうか」


 アイゼンたちの準備のため一日暇になった今日、朝食時に夜のことを打ち明けると、ヨハンもまたそれだけを呟いて目を伏せた。


 私が夢のことをセスに話したことには何も言わず、セスとヨハンの会話を見てしまったことにも何も言わず、ただ静かに何かを考えている。


「俺から言うことは何もねぇよ。シエルがミハイルの能力を継いだことについて、お前ら以上に何かを知ってるということはねぇからな。まぁ、もうこれ以上知る人間は増やさねぇ方がいいんじゃねぇかと勧めるくらいか」


 そして長い沈黙を経て、ヨハンはそう口にした。


 ヨハン自身のことには触れないまま、今まで見てきた夢がどういうものだったのかを一緒に確認して。そうやって、何事もなかったかのようにこの日は終わりを告げた。

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