第110話
「そんな大事なこと、何で今まで黙ってたんだよ……っ!」
セスはもう一度声を荒上げて、枕元の触媒に光を灯す。
照らされた彼の表情は、しかし予想には反して今にも泣きだしそうだった。
恐怖に支配されていた私の心が、申し訳ないという思いに変化していく。
「……言うかどうか、悩んでた。言ったところで状況が悪くなることはあっても、よくなることは、ないと思うから……」
「…………」
その言葉を聞いたセスが、震えた息を吐く。
「……ごめん。ごめん、怒鳴ったりして。君が俺のことを思って悩んでくれてたのは分かった」
「…………」
そして悲しそうな顔をして、私の肩を掴んでいた手を下ろした。
あぁ、失望させてしまっただろうか。
それでも頼って話してほしかったと、その表情が言っているような気がする。
「セス……私のこと、嫌いになった?」
「いや、何で……ならないよ。どうしてそんなこと聞くの」
「…………」
「…………」
泣きそうなセスの表情を見ているのが辛くて視線を外す。
「どうして何も言わないの?」
「……言い訳をして、しまいそうだから」
セスの問いかけに視線を外したまま答える。
今セスの表情を見てしまったら、きっと私は泣いてしまう。
「言い訳していいよ。俺は君の真意が聞きたい」
「……だめだよ。どんな理由があったって、言えなかったのは私だから。言い訳はしない。しないことが、私の選択だ」
「……ユイ」
"ヨハンに言わない方がいいと言われたから言うのを悩んでいた"
その言葉は言ってはいけない。だってヨハンは私に任せると言っていたのだから。それを受けて言わない選択をしていたのは他ならぬ私だ。ヨハンのせいにするな。これは、私のせいだ。
「今まで言えなくてごめん」
セスの目をまっすぐに見て謝る。
それ以上の言葉は今は必要ない。そう思った。
「そのこと、ヨハンは知ってるの?」
「!」
やばい。
突然問われたそれに驚いて、動揺を見せてしまった。
予想外すぎる。まさか謝罪に対してそんな言葉が返ってくるなんて。
「……知ってるんだね。大方、ヨハンに止められていたというところか」
セスが自嘲するような笑みを浮かべて言う。
くそ、鋭すぎるだろ。さっきまでの葛藤を返せよ。
「違う。確かにヨハンさんはセスに言わない方がいいと勧めてはいた。でもそれで悩んでずっと言えなかったのは私だ。ヨハンさんのせいじゃない」
「別に、誰かのせいだと責めたいわけじゃないよ。確かに聞いたところで俺に解決策が示せるわけでもないし、状況がよくなることもない。ヨハンが俺に言わないよう勧めていたのも道理だと思っただけだ」
縋るように身を乗り出した私の髪を撫でて、セスは苦い笑みを見せた。
「だから君は謝らなくていい。謝らなければならないのは俺の方だ。君の気も知らずに怒鳴ってしまってごめん」
「……ううん、それはいい。私がセスの立場でも同じように思うから」
「じゃあこれで仲直りだ。日が昇ったらもう一度詳しく教えて。ヨハンを交えてもいいから。状況を整理しておきたいんだ」
「うん、分かった。……って、綺麗に纏めてるけど、夢で見たヨハンさんの話、このままうやむやにしないでよね」
「あー……」
このまま話が終わってしまうところだった。危ない。
そう思って声を上げると、セスは気まずそうな顔をして私から視線を逸らした。
「君は俺とヨハンのどんな会話を見てしまったのかな」
「ヨハンさんの部屋での会話? ヴァレリーの宿屋だから、最近だよね」
「この前の休息の時だね。君に気づかれないよう抜け出すの苦労したのに……」
はぁ……と大きくため息を吐いて、セスは私を見ないまま目を伏せた。
「どこからどこまで見たの?」
「ヨハンさんがケリをつけたいって言ったところから……セスの手を俺の血で染めさせたくないって言ったところまで」
「ほぼ全部だな」
はは、とセスが声を出して笑う。
自分を嘲るような、諦めたような、複雑な表情だ。
「君にだけは知られたくなかったな。いや、さっき何で黙ってたんだと怒った俺が言うのもなんだけどさ……」
「知っちゃったからには……黙ってはおけないよ」
「そうだろうね。君は……そういう人だ」
悲しげに笑ってセスが私に視線を戻す。
知られたくはなかったという言葉がどれだけ本心であるかは、彼の揺れる瞳が語っているような気がした。




