第109話
転生者はこの世界の神ないし、それに準ずる存在に監視されていて、都合が悪いと判断されると消されるのではないか。
以前私に話した仮説を、ヨハンはヴィンセントにも同じように話した。
私とヨハンが知り得た世界の真実を話すことはしないようだ。言うことによって状況が悪くなることはあってもよくなることはない。そういうことだろう。
4大元素を扱えて、なおかつ気も扱えたゼノ・カールトン。恋人であった魔族の少女に殺されてしまった彼の存在は印象に深く残っているらしく、ヴィンセントはヨハンの仮説を驚くこともなく受け止め、
「これから先も慎ましく生きるよ」
そう言って笑った。
◇ ◇ ◇
「シエルのランクが上がったらここを切り上げて、サパスからアルディナに渡るのか?」
ヨハンがセスに話しかけている。
「はっきり決まっているわけじゃないけど、まぁ、そうなるのかな」
セスはヨハンの方を見ないまま、抑揚をつけずにそう答えた。
これは夢だ。私が見ているヨハンの夢だ。
場所はヴァレリーの中にある宿屋。私たちが迷宮から帰ってきた際に利用しているところ。
間取り的にヨハンが1人で借りている部屋だろう。私とセスは、ダブルの部屋に一緒に泊っているから。
「じゃあ迷宮を切り上げるタイミングで、ケリをつけたい」
窓の外を見ているセスの背に向かって、ヨハンが静かに言う。
ケリ、とは一体何のことなのか。
「お前に後処理を頼みたいんだ。俺の痕跡を全部、消してほしい」
「…………」
ヨハンの言葉にセスは何も返さず、また、そちらの方を振り返りもしない。
しかし穏やかではないその言葉に、私の心臓は大きな音を立てた。
ケリ。後処理。痕跡。
ヨハンは一体、何をセスに頼んでいる?
「……どうしても自分でやるのか?」
「そのつもりだ」
長い沈黙を経て出てきたセスの問いに、ヨハンは即答する。
「俺がやってやる。貴方は自分の手を汚すな。頼むから貴方は最後まで……命を救う側の人間であってくれ」
セスが振り返ってそう言った。
ひどく切なげな表情で。痛みを耐えるような表情で。
「……俺は、お前の手を俺の血で染めさせたくねぇんだよ」
そんなセスに、ヨハンもまた同じような表情を見せた。
やめて。
何の話をしているんだ。
2人ともやめてよ。
「……っ!」
ビクリと体が震えて目が覚めた。
今の話は一体。
どういうことなんだ。
「……どうしたの? 怖い夢でも見た?」
体を震わせた際に起こしてしまったのだろう、セスが私を抱き寄せて問う。
「…………」
あれはいつの話だ。休息をとっていた昨日か? その前の休息の時か? それとももっともっと前の話? あんな話をした後に、2人は普通に過ごしていたというのか。アイゼンたちとあんな風に笑い合っていたというのか。
「ユイ?」
返事を返さない私の名を、彼は怪訝そうに呼ぶ。
「……セス、ヨハンさんを、殺すの?」
「……え?」
「いやだ……っ! 殺さないで……!」
セスの戸惑うような声に構わず、抱き留めるセスの腕を振り払うように勢いよく上体を起こした。
体が震えている。よく分からない感情が昂って、抑えられない。
「どうしてこんなすぐにヨハンさんは死を望むの……っ、どうして……!」
「ちょ、ちょっと待って、ユイ。何で……何の話?」
慌てたようにセスも上体を起こす。
何の話? と知らないふりをして問うてはいるが、その前に紡がれた"何で"という言葉を私は聞き逃さなかった。
「何で知ってるかって? 夢で見たからだよ。私はミハイルを殺したことで、転生者を監視する能力を得てしまったんだから……!」
「……え……?」
一気に捲し立てた私の耳に、セスの震える声が届く。
「……どういうこと? 転生者を監視する能力……? 何それ……俺、そんなこと聞いてないよ」
セスが私の肩を弱々しく掴んで言う。
信じたくない、そんな気持ちが垣間見える。
「……言ってないから」
「何で黙ってた!」
「……っ!」
肩を掴む手に力を入れて、セスが怒鳴る。
暗がりでよく見えないけれど、その表情もきっと怒りに染められているのだろう。
初めて自分に向けられた炎のような激しい怒りは、私の心を恐怖で震え上がらせた。




