第99話
一週間の滞在を終え、私たちはアルセノのシャンディグラに向けて出発した。
シャンディグラまでは3週間~1か月くらいかかるのだそうで、道中の利便性を考え、小さい馬車を用意している。
以前ヒューイに譲ってもらった馬車よりも小ぶりのものだが、料理道具や湯浴びするのに体を隠す衝立などを乗せられたので、長旅も幾分快適になるだろう。
ちなみに馬車を引くカデムは1頭だけなのだが、シャンディグラに着いたら馬車を手放す予定だということで、セスから情を入れすぎないようにと念を入れられた。
ゆえにこのカデムに名前は付けていない。が、ヨハンが「キリン」と呼び始めたので私もそれに倣っている。セスに名前を付けるなと注意されたが、「キリンは名前じゃないから」と2人揃って返しておいた。その時のセスの微妙そうな顔を思い出すとジワジワくる。
「シエル、今の君の実力を知りたい」
出発してから初めての昼食作りに取り掛かろうと思った時に、セスが唐突にそう言い出した。
ここはまだ草原という感じの場所で、モンスターなどは出て来ていない。スペースならいくらでもあるし、確かに手合わせするには適した場所と言える。
「じゃあ無詠唱でやっていい?」
「いや、それはダメだよ。術を使うなら詠唱して」
やるのはいいが、セスを相手に詠唱をしていては話にならない。そう思って聞いてみれば、ぴしゃりと切り返された。
「それじゃ何もできないまま終わるよ……」
「"気"を使いさえしなければ、別に腰の短剣を使って切りかかってきてもいいんだよ」
「抜き身で?」
「抜き身で」
「えぇぇ……」
15年という期間、私はシアから剣術を教わってきた。20年前と違い、でたらめに振り回すだけの私ではない。さすがに抜き身は危ないのではないだろうか。
「その場合、俺も防御のためにだけ短剣を使わせてもらうから、心配しなくていいよ」
「なるほど……」
それならまぁ、アリか。私の剣術がセスにすんなり通るとも思えないし。
「なんならヨハンと組んでもいいよ。前衛と後衛という感じで」
「はぁ!?」
突如火の粉が降りかかったヨハンが大きい声を上げた。
いや、そうだろうな。彼は今のんびりと草原に腰を下ろしていて、完全に傍観ムードだった。突然そんなことを言われればそうなるのは当然だ。
「何で俺がそんなことしなきゃいけねぇんだよ」
「久しぶりで体が鈍っているだろう?」
「ざけんな。体も忘れねぇんだよ、俺は」
そんな会話をしだした2人を茫然と見つめる。
いや、でも、そうか。この2人はシスタスまで一緒に旅をしたんだっけ。当時はエスタ・ディエンタ間の航路はなかったはずだから、それなりの長旅だ。当然、道中でモンスターなどにも遭遇しているはず。
「ヨハンさんも戦えるんですね」
「お前俺を馬鹿にしてんのか」
率直な感想を口にすると、即座にそう突っ込まれた。
「えっ……そんなつもりはなかったんですが、すみません。ヨハンさんは医術師ですし、戦ってるところなんて見たことなかったから……」
「じゃあやってやるか」
やれやれ、といった感じでヨハンが立ち上がり、着ていたブラウンのロングコートを脱いだ。タートルネックのセーターにタイトなパンツという、何とも動きやすそうな服装だ。
「お、お願いします……?」
私も着ていたローブを脱いで馬車にかける。ケープコート型の青いローブは、前衛として戦うには動きにくいからな。下に着ているのはブラウス、膝上丈のプリーツスカート、タイツにブーツという感じなので、身軽だ。
「シエル、あいつを打ち負かすぞ」
街道から離れた場所に移動し、背から短剣を抜いたところでヨハンから声をかけられた。
「お、おぉー……がんばりましょう」
「お前に合わせるから好きに動いていいぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
何だかずいぶんとやる気のようだ。
お互いの戦い方など全く知らないわけだが大丈夫だろうか。
「即席のチームに負けるほど、弱くはないと思いたいな」
そう呟きながら少し離れた場所にいるセスが短剣を抜く。
「……さぁ、いつでもどうぞ」
余裕とも取れるセスの穏やかな声と笑みを前に、私とヨハンの脳内温度が上がった。




