第98話
「どうして暗殺依頼を受けたの?」
フィリオを見送った後、そう声をかけてみれば、セスは感情を見せないまま私を見下ろした。
「どうしてって?」
「お金に困ってたわけでもなさそうなのに、わざわざそれを受けたのはどうしてかなぁって」
「…………」
セスからの返事はない。
相変わらず何を考えているのか分からないような表情でただ静かに佇んでいる。
もうすっかり暗くなった通りは、店先から漏れる仄かな光でうっすらと照らされており、そこに溶け込むように佇むセスはひどく美しい。
「個別に打診が来たから」
長い沈黙を経て告げられた言葉は、私の求めていた答えではなかった。
Sランク冒険者にギルド側から個別に依頼の打診が来ることはシアを見て知っている。
だとしても、それを受ける受けないは自由なはずなのに、セスは暗殺依頼だと分かっていた上で受けることを決めた。
私は、それを分かっていながらなぜあえてその依頼を受けたのか知りたくて聞いた。セスだって、私がそれを聞きたいのはきっと分かっている。分かっていながら、あえてそう答えた。
つまり、言いたくないのだろう。
ならばこれ以上踏み込むのはやめておくべきだ。
闇の中に身を置かなければ心が保てなかった、くらいの予想で留めておくことにする。
「そっか。セス、リーゼロッテを助けてくれてありがとう」
「…………」
その言葉に、セスはわずかな動揺を見せた。
「……リーゼロッテを助けたのは俺じゃない。エレンがリーゼロッテの専属騎士でなかったら、俺はきっと彼女を殺していた」
そして揺れる瞳で私を見つめたまま、そう紡ぐ。
「…………」
予想だにしなかった言葉を。私が知りたいと望んだわけでもない言葉を。
「あの時仲間に支えられて生きたいと望んだエレンが、リーゼロッテを守っている。彼女の身辺を調べてそれを知った俺は、そこで初めて彼女を生かすという選択肢を浮かび上がらせた。それを知るまで俺は……せめて彼女を苦しませずに殺してあげようという考えしかなかった」
「……セス」
「だからリーゼロッテを生かしたのは俺じゃない。君たちがあの時支えたエレンだ。俺にありがとうなんて言わないでくれ。俺は……っ」
「セス」
それ以上を言わせる前に、セスの名を呼ぶ。
彼はびくりと体を震わせて、泣きそうな表情で私を見つめた。
「じゃあセスはエレンに救われたんだね。あの時セスが赦しを与えなければ心を保てなかったエレンに。そこでエレンが救われたから、今度はエレンがセスを救ってくれた。5年後にリーゼロッテを生かす選択肢を、示すことができた」
「…………」
「なら私はやっぱり"ありがとう"と言いたい」
そう言いながら両手でセスの頬を挟み込む。
「ありがとう、セス」
「……ユイ」
私の頬にも、セスの両手が添えられた。
変わらず泣きそうな表情で。
「ねぇ、セス。1人で罪を負わないで。私にもそれを分けて。私はいつだってセスの傍にいるから」
「……ありがとう」
しばらくそうした後、セスは私の額に自身の額を触れ合わせ、目を閉じた。
「ありがとう、ユイ」
まるでここだけが切り取られたように、ただ静かに時が止まっていた。
◇ ◇ ◇
闇に染まる部屋の中で、ふと物音が聞こえて目が覚める。
隣にあるはずの温もりはなく、幾分闇に慣れた目を凝らして部屋を見渡せば、ぼんやりとした暗がりの中で何かの影が見えた。
「……セス?」
「……あぁ、ごめん、起こしちゃった?」
名を呼ぶといつもの優しい声色が聞こえ、その影が私の元へと近づいてくる。
「大丈夫だけど……セス、どうしたの? 眠れない?」
「大丈夫、眠っているよ」
セスはそう言いながら、私の頭を優しく撫で、そしてそのまま頬に手を添えた。
"眠っている"という言い方に引っ掛かりを覚えたが、温かい手が冷えた体にじんわりと沁みて、抗えない眠気が襲ってくる。
「……眠い」
「うん、眠って。朝まで」
セスの手が両目を隠すように覆いかぶさり、視界は深い闇に染まった。
そのまま意識が急速に落ちていく。
眠い。
……眠い。
…………。
「おやすみ、シエルちゃん」




