第97話
「暗殺依頼を受けたのは嘘じゃない。でも、殺してないよ。暗殺に見せかけて国外に逃がしたんだ」
セスは悲しげな笑みを見せて言葉を続ける。
「逃が、した……?」
混乱する頭に、フィリオの震える声が響いた。
そちらに目をやると、彼は今にも泣きそうな表情でセスを見つめている。
「暗殺依頼ってね、受ける受けないを決める前に暗殺対象が誰かを知ることはできないんだ。だから受けた後にその対象がリーゼロッテだと知って、さすがに俺も狼狽たよ」
そんなフィリオをまっすぐに見つめて、セスが語り始めた。
リーゼロッテを殺していないと聞いて安心はしたが、そもそもセスがミトスでも暗殺依頼を受けていたことがショックだ。
お金には困っていないはずなのに、どうしてあえてそんな依頼を受けたのか。どうしてわざわざ人を殺す道を選んだのか。
私が死んだ後に、自暴自棄になってしまったのだろうか。
「暗殺依頼を失敗に終わらせることはできる。でもそうしたところで、依頼者はリーゼロッテの命を簡単に諦めたりしない。そればかりか、暗殺を気取られれば次の難易度が上がり、より横暴な手段に出ざるを得なくなる。だから暗殺に見せかけて俺が逃すしかなかったんだ」
「…………」
フィリオは口を挟まない。
真剣な表情でセスの話を聞いている。
「俺はまずエレンにコンタクトを取り、国外逃亡に協力する気はあるかと問いかけ、次にその場合、どこまで協力者を得られるかを問うた。俺とエレン、リーゼロッテの3人のみでやる場合と、オルコット家の他の人間を協力者として得ることができる場合では、やり方も難易度も変わるからね。あくまでも、暗殺に見せかけて逃さないと意味がない」
確かに失踪扱いでは、依頼者がリーゼロッテの命をそのまま諦めるとも限らない。リーゼロッテは死んだと世間に知らしめることは必要だろう。
「結果的にエレンは頷き、リーゼロッテに近い親族数人の協力も得ることができた。だから葬儀の直前に仮死状態にさせ、棺の中で目覚めるようにして、そこから転移術で脱出させたんだ」
「なるほど……」
仮死状態にさせるなんて簡単に言うけど、どうやってやったんだろう。そういう薬があるのかな。
「どこの国に逃がしたんですか?」
「それは教えられない」
フィリオの質問に、セスはピシャリと答えた。
「…………」
フィリオの顔が曇る。
信用されていないのか、と言っているかのようだ。
「別に君を信用していないわけじゃないよ。信用してなかったら、そもそもこんな話をしないしね。ただ、これ以上不必要な種を撒きたくないだけだ」
そんなフィリオの気持ちをセスも察したようで、付け加えるようにそう言った。
不必要な種。確かにそうだろう。本来、セスはフィリオにだってこの話はしたくなかったはずだ。それでも、彼を信用して、彼のために真実を話したのだろう。
「そうですね。すみません。リーゼロッテが生きていて、本当によかった……。セス、彼女を助けてくれてありがとうございました」
「……いや」
フィリオも納得したのか、小さく首を振って笑みを見せた。
「エレンは? エレンは今どこに?」
「リーゼロッテの死後、騎士団をやめた、というところまでしか私は知らなかったのですが……この感じだと、リーゼロッテの元にいると考えてもいいんでしょうか?」
私の問いにフィリオが答え、そしてフィリオはセスに問うた。
「そうだね。リーゼロッテの元にいる。まぁ、もう15年くらい前の話だから……今の彼女たちがどうなっているのか分からないけどね。俺もそれ以降は会ってないし」
「……そうですか」
その答えで安堵を得たのか、フィリオは少しの笑みを見せて瞳を伏せる。
暗殺されたと思っていたリーゼロッテが生きていると知れて、騎士団をやめた後どうしていたのか分からなかったエレンの消息も知れて、フィリオの心が救われたならいいと思った。
いつかそのことをニコラにも教えてあげてほしい。
その後、フィリオ自身のことを少し詳しく教えてもらって、奇跡のような邂逅は終わった。
彼は結婚して、10歳になる子供もいるらしい。家族をカルナに残し、1人ネリスに遠征しているのだそうだ。
「いずれまた、お会いできることを祈っています」
「うん、またね、フィリオ」
「また」
家族が離れ離れになるもどかしさを感じながら、私は彼の背中を見送った。




