第95話
「彼女はガヴェイン少佐の娘なんですよ」
答えは出てこないと悟ったのか、フィリオが口を開く。
「えぇ!?」
「いや、それを分かれと言うのはさすがに無理だ」
その衝撃的な言葉に、私たちは対極の反応を示した。
「父のお知り合いの方ですか? いつもお世話になっております」
「あ、いえ、こちらこそ」
私たちがガヴェインの名に驚いたのを見るや否や、アリアが頭を下げる。
突然のことにどう返していいのか分からず、訳の分からないことを言ってしまった。こちらこそってなんだ。もう20年会ってないのに。
というか、ガヴェインは少佐なのか。
今いくつなんだっけ? 50歳くらい? 20年前の時点でヴィクトールやヒューイが中佐であったことを考えると、ガヴェインの階級は低いような気がするんだけど。
「そういえば最後の食事会で娘がいると言っていたね。ガヴェインの姓なんて聞いたかどうかすら覚えてないし、顔もあまり似ていないから全然気づかなかった」
「あー……私は自己紹介の時に聞いた気がするけど全く覚えてなかった」
マルクス、という姓だけで判断しろというのなら、それはいくらなんでも無理な話だ。セスの言うように、記憶の中のガヴェインとは全然似てないし、こんなの超難問もいいとこだわ。
「はは、そうですよね。すみません」
すみませんという気持ちなど微塵も出さずにフィリオが笑う。
「ガヴェインは元気?」
呆れたように小さく笑ってから、セスはアリアにそう尋ねた。
「はい。父はべリシア国内で任務に当たっておりますのであまり会えませんが、息災と聞いております」
「……そうか」
ここはネリスの一番北にある街だし、そりゃあガヴェインとはあまり会えないだろうなぁ。あの時の溺愛ぶりを考えると、ガヴェインもさぞ寂しかろう。
「すみません、お時間を取らせて。どうしても2人にアリアを紹介したくて」
「ううん、私もアリアさんに会えて嬉しかった。ありがとう、フィリオ。アリアさんもありがとうございます」
「いえ、とんでもございません」
フィリオの言葉に首を振って2人にお礼を言うと、アリアは謙虚にも頭を下げた。立派に育てられたんだと分かるな。
その後、夜に会う時間と場所をフィリオと決めて別れ、私たちは食べ損ねた昼食を食べるために再び街へと繰り出した。
◇ ◇ ◇
「フィリオに会えたこともびっくりだったのに、班長の娘さんが部下だなんてさらに驚いた」
「そうだね。ガヴェインは娘が騎士になるなんて反対しそうなのに意外だったな」
改めてセスにおすすめされた魚料理を扱うお店に入って、料理を待つ間にそんなことを呟いてみれば、セスからそんな言葉が返ってきた。
「確かに……」
騎士は彼らにとったら名誉な職なのだろうが、その分危険も伴う。セスの言うように、ガヴェインなら確かに反対しそうな気もする。
「そういえば班長は少佐って呼ばれてたよね。20年前のヴィクトール隊長やヒューイさんは中佐だったのに、今50歳くらいの班長が少佐なんて」
「階級は年齢や実力だけではなく家柄なども関わってくるからね。一般的な家柄の者は大尉まで上がれれば上出来と聞く。ガヴェインの家柄がどういう層に属しているのかは知らないが、討伐隊を経たのなら富裕層というわけでもないのだろうし、少佐まで上がれれば上々なんじゃないかな」
「そうなんだ……」
ということは、ヴィクトールもヒューイもいいところの出ってことか。
その2人も今はいい歳になっているんだろうなぁ。おじさんになったヒューイとか想像できないけど。
でも、ヒューマである私もいずれそうやって年を取る。
そうなった時にセスはそれでも私の傍にいてくれるのだろうか。
年を取っておばさんになった私を、おばあちゃんになった私を、セスは今と変わらず愛してくれるのだろうか。
セスが私の中身を愛してくれているのは重々分かる。が、いつまでも姿が変わらない美しいままのセスの横に、そうなった私が立つのはどうなんだろう。
――――リュシュナ族の秘石。セスが持っているはずのシアの秘石。
ふと、取り込んだものを不老にするというその石の存在が頭をよぎり、私はそれを掻き消すように運ばれてきた料理に意識を向けた。




