プロローグ
天国と呼ばれる場所が存在するのなら、きっとこういう場所をいうのだろう。
色とりどりの花が所狭しと犇めく、空に浮かぶ小島。空中庭園、と言ってもいいかもしれない。
「……っ、ここが……アルディナ……」
眼前には同じように空に浮かぶ島がいくつも見える。
端が見えないほど大きいものもあれば、今自分がいるところと同じくらいの小さなものもある。およそ現実とは思えない幻想的なその光景は、状況が違えば胸を躍らせたことだろう。
「は……っ、はぁっ……はぁ……」
息が苦しい。
体に力が入らず、花の中に埋まるようにうずくまった。
崩れそうになる体を支えようと地面に手をついた瞬間、手の平に刺すような痛みが走り、思わず両手を開いて握りこんでいたものを払った。力を失って粉々になった結晶の欠片が、幻想的な光景を彩るようにきらきらと風に舞っていく。
ここが天国ならば、どれほどよかっただろう。
この手が血に塗れていなければ、どれほどよかっただろう。
うずくまる私の傍らに立つ彼を見上げると、彼は後悔と悲しみが入り混じったような表情で、遠くを見つめていた。
その姿は恐ろしいほど美しくて、この景色に溶けて行ってしまいそうなほど儚い。
力の入らない体を奮い立たせて、ヨロヨロと立ち上がる。
背に携えた短剣を引き抜き、傍らに立つ彼へと切っ先を向けた。
「……一緒に死んで」
その言葉に彼はゆっくりこちらへと向き直り、泣きそうなほど切ない表情で私を見つめた。
「今度こそ、一緒に死んで」
「……嫌だ」
繰り返した私の言葉を、彼が震える声で拒絶する。
「嫌だ。これ以上、理不尽に振り回されてたまるか……!」
そして悲痛な叫びを上げて、短剣を握っていた私の手を掴んだ。
「……っ」
そのまま強く手を引かれ、もつれるようにして彼の体に倒れこんだ瞬間、唇が重なり私の口の中へ何かが押し込まれた――――。