その8 怪力トリオ
手術から1年以上経った。
私に無事馬鹿力は宿った。
首の後ろの手術の傷も癒え、身体じゅうの関節や筋肉の痛みも落ち着いた。この身体になるまで大変だった。最初に筋力が上がりはじめたが骨や関節の成長が遅れていたので、なにもしなくても身体中が痛くなったり、少し無理しただけで捻挫になった。半年以上は痛みとの戦いだった。リハビリと云う名の日常生活の練習にも嫌気がさしている。
戦闘訓練は無い。他の兵に馬鹿力と怒りにまかせて私が殺しに掛かると思われてるんだろうか。
手術後の筋や骨の痛みが消えた頃、私は中庭で木を伐ってみた事が有る。
隊は私を恐れてか帯刀は許してなかったが、ラビィの剣を借りて人間の胴ほどの太さの木の幹を本気で斬りつけた。木は案外伐れなかった。剣がのめり込む程は刺さったが、そこまでだった。剣を抜くと剣が手元付近で曲がっていた。剣は案外脆く軽すぎると思った。そして木は強いと。
そして剣術の訓練をしない意味も知った。相手が得物の届く範囲に来たら薙ぎ払えばいいのだ。剣術は力が拮抗しているからこそ必要なもの。剣をマスターした稚児が大人に立ち向かっても大人の一振りで勝負がつく。そう言う事か。
剣なんか要らない。重くて丈夫な棒があればいい。
隊長が剣を腰に下げているが、あれはファッションだな。笑える。
そもそも剣の練習相手も居ない。
魔国が全く攻めてこない、不審者も出さないから、魔人相手もない。
『勇士』の意味が無い。
人間らしい行為、字を書く、食器を使う、紐を結ぶ、本を読む、あといろいろ困った事があるが、一番困るのは他の人に触れる事。まるで砂人形に触るような、蟻を潰さないようにつまむ様な繊細さが要る。
ここを脱走してジンの元に行っても、ジンの胸に飛び込んで抱擁する事は出来ないんだと絶望した。
ジンに逢いたい。でもこんな身体じゃ逢えない。
確かに結婚が出来ない訳だ。
ラビィがジンを隊に入れるように親衛隊長に進言したが全く聞き入れてくれなかった事を今となってはほっとしている。でも、ジンが来るならば私はもっとリハビリを頑張った。今はかなり投げやりになって来た。
ジンを抱けないならどうでもいい。
代わりに親衛隊長を抱き殺してしまおうか。
親衛隊長は大嫌いだ。
ジンと私を引き裂きに来たのは親衛隊長だ。
ジンの部屋に居る私達を覗いて聞き耳を立て、最後は窓から入って来た。
その後、ラビィの進言を蹴ってジンを寄せ付けないようにしたのも親衛隊長だ、うちの隊長ではない。
三勇士隊がまだ軌道に乗ってないので親衛隊がいろいろ口を出してくる、先輩気取りより酷い。
セニンのコネ入隊に関わったのは親衛隊長だとラビィが怒っていた。
あの男への怒りは私を生かし続ける。
いつか・・・・
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呼ばれて入った隊長室には隊長とエルザが居た。
「すまないが席を外してくれないか」
隊長は付き添ってきたラビィに言う。
ラビィは礼をして退室した。
隊長は横のエルザに向かって、
「やってみろ」
「はい」
エルザは静かに部屋を回る。
たまに立ち止まり、また歩く。
そのあと隊長も同じように部屋を回る、静かに回る。
「大丈夫だな」
隊長は自身の椅子に座り、私にも座るように指示したのでそのように座る。
「イブ、君は聴力が良くなってないかい?いままで聞こえなかった小さな声も聞こえるようになっただろう」
「はい。やはりそうなんですか?そう感じていました」
「それは誰かに言ったかな? 例えばラビィ君とかには?」
「いえ、言ってません。あまり人と話したくなかったので。誰も知りません」
「それは良かった。まあ、隊員にも君にあれこれ聞くなとも言ってあったしな。
それで、視力も良くなってないか?壁に新聞を張っても読める筈だ。私とエルザもそうだ」
「いえ、試してはいません。あれ以来左目の調子が悪い日が多いのでそちらばかり気にしてましたから試しては居ません。やはりよく見えるのでしょうか」
「あのクズについては申し訳ないと思っている。私のミスだ」
「いえ、済んだ事です」
私達が言葉を交わしてる間もエルザは部屋をゆっくり歩き回る。
エルザを隊長が見る。
「今エルザは部屋の外に盗聴者が居ないか聞き耳を立てているんだよ。我々なら可能だ。君にも出来る。
そして、このことは3人の秘密にしたい。視力の事もだ。
本当に信頼出来るのはこの3人だけだ。
心苦しいだろうがラビィ君にも内緒にして欲しい」
自分たちの得た能力を話す訳にはいかない。
この身体になって以来感じていた孤独感、疎外感、危機感それをこの目の前の二人も感じているのか・・・
彼らは手術前から確固たる地位が有った筈なのに、いまや回りを信用出来ないのか。
人より優れた能力を得たが教えたく無い。聞き耳をたてられる経験をすると警戒心が強くなる。
人ではなくなった私達3人。
手術後の私を見る隊員達の目が違う。差別されてるような視線。
私より先に手術した二人。先に同じ視線を感じていたに違いない。
それでも私はラビィだけは信頼しているし、ラビィも私を信頼している。
ラビィと秘密を共有したい欲求もある。でも深入りさせると彼女も危険だ。
隊長の意向に従う事にした。
「判りました」
「それと」
隊長が私に手を向ける。途端に身体に不快な痺れが走る。ビービーと。
「?」
呆気にとられていると、エルザも私に手を向けた。同じようにビービーと感じる。
なんなのこれは?
「これを出来るようにして欲しい。普通の者にはない我々だけの能力だ。出す事も感じる事も私達にしか出来ない。君が出来るようになったら外でも試したい、人気の無い田舎がいいな。うまくすれば、私達3人だけの秘密の信号にできる。私とエルザで試したが多少の壁が挟まっても感じれる」
驚いた!
私は初めて人の上を行く存在になったと自覚した!
怖がられるだけで使い道の無い馬鹿力とは違う特殊能力!
「わかりました」
この日、孤独感が少し薄れた。
戻った自分の部屋をゆっくり歩き回る。
夜も歩き回る。
次の日も。
そういうことか。
私の部屋の左隣は専属のメイド室。右隣は私専属の道具部屋になっているが、道具部屋にたまに男が居る。ひとりだったり、ふたりだったり。
私を監視しているんだろう。
メイドの方は行動に問題なかった、油断は禁物だけれど。
道具部屋の奴らを泳がせ、何日もかけて声を覚えた。聞こえるんだよ。
外で何食わぬ顔で声の主も探し当てた。
親衛隊の奴らだった。
あの忌々しい男の部下か。
こんな奴らに長々見られていたのか。
まあ、今は殺さん。
逃がしはしないがな。