その7 字はきれいに限る!
「わあああああああっ!」
今日もイブの部屋から奇声が聞こえる。
荒れるイブ。
勇士手術のあと、イブがキレ易くなった。正確にはキレる回数が増えた。
さっきの雄叫びはだいたい想像がつく、字を書く練習をしているからだ。私はイブの部屋に向かう。
イブは以前は字が上手かった。絵も上手かった。
だが今は違う。
手術の跡、全体的に力が強くなり色々不自由になった。
まず、字が書けない。
まるで濡れた紙にペンを走らせるようだと。以前出来た事が出来ない、イライラして怒る、物を投げる、机まで叩き割る。
身体が強固になった。
一般人に殴られたくらいでは何ともないし、ちょっとした刃物も肌で受けれる。
だが、その為に皮膚のつくりが変わってしまった。
指の腹に柔らかさが無い、表面も硬い。
紙一枚がめくれない・・・・
ページがめくれない。本も読めなくなった。
服のボタンすら止められない、紐が結べない。感触が軽過ぎてうまく使えないのだ。
そして、イブはすっかり痩せこけた。
歯が痛いと言う。
顎の筋力が増えたのに歯茎と歯がついていかない。
今では慣れてきたけれど、噛む力で歯が欠け、歯茎が何ヵ所もぐらついたと。凄く痛いらしい。
今は飲み物ばかりであまり食べたがらない。
童話で勇者が戦闘時以外は貴族の様な暮らしをしている姿が書いて有るが、あんなのは絵空事だ。
現実はこんなありさまだ。
いま、三人の勇士は日々『日常生活の為の訓練』に明け暮れている。
勇士手術が一番遅かったイブは一番なにもできない。
世話役のメイドも日々おびえている。
キレまくる怪力女の側に居るのは恐怖だろう。私の友人をみておびえるのはイラっとするが我慢して黙る。
メイド達は警戒してコップや皿をあまり置かないが、私は遠慮なく食べ物とかと一緒に陶器の食器やコップをもってイブの机に置く。
大丈夫、イブはガラスでも怪我しない。それに、八つ当たりする『物』は必要だ。
軍としては、三勇士隊の正式発足をしたいところだが、今は日常生活すらままならない状況。
お偉いさんはお披露目の式典を考えていたようだが、それどころではない。
そもそも戦力どころか、彼らは生きていけるかも怪しい。
魔人の提案を受け入れたのは失敗だったかもしれないと思う者も増えた。私もそう思うひとり。
だが、元に戻れないなら支えるしかない。