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その73 しない

 ジーナは少し顔を伏せた後、向き直って言った。


「ジンはこのままにします。治療もしません、連れて行く事もありません」



「なんで!

 イブ様ならジンの手だって治せる筈!心だって記憶だって治せるんじゃない?

 彼女がどれだけジンの事を愛してるか知ってるでしょ!

 イブ様ならその力が有るのに何故!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 場が暗くなる。


「もちろんそうよ。

 ジンの手も治せるし、心もコントロール出来るし、なんだったらもう1人ジンを作る事も出来るわ。

 イブがどんなにジンを愛してるか知っているわ。私はイブの記憶を全て持っているもの。だから私はイブから全て任されてるの。

 どんなに会えなくても、見て貰えなくても、イブはジンを愛してる。それに愛されてる事を疑った事すら無いわ。それどころか、ジンが新たな人生を選んでもイブはそれを受け入れるわ。それでも愛してる。

 イブはそう言う人よ」



「じゃあ、何故!」

 だめだ私、止まらない!


「ジンが幸せそうだから。

 目に映ってる者は本物のイブじゃない。腕も無い。老人のように世話してもらわなきゃ生きて行けない。

 でも、ジンは苦難を超えて今安らぎを得ているの。ココさんの優しさのお陰よ。私は人の感情が見えるの。ジンの心の色はとても良かった。穏やかな幸せ。壊す訳にはいかないよ。ここで本物の数年間の情報を無理矢理与えたら、この数年間の幸せとその記憶が台無しになってしまうわ。辛い事だらけだったけど、今のジンにとってココの愛情は大切な宝物。

 ココの心の色を見ていれば、ジンへの優しさが芝居や義理じゃないのはよく解るよ」



「なんで・・・どうしてよ・・・

 今のイブ様なら何でも出来るのに・・・

 あの方はどうしていつも失ってばかりなの。

 無理矢理勇士にされて、他人の為だけに人を斬って、運命に流され、神の様な存在になったのに欲しい物はなにも手に入らない・・・

 私は家族の平穏と太陽の下を堂々と歩ける生活をあの人に貰った。でも私は彼女に何も返せてない!仕事をしてただけだ。

 なんでよ。どうして、無理矢理にでもジンを連れて行かないのよ!

 そんなに我慢ばっかりしなくていいじゃない!もっと、我が儘言ってよ!」


 目の前でココが泣いている。

 凛としているジーナ。

 俯く部下。



 涙を拭きながらココが聞く。


「ねえ、聞いていいかしら。イブさんはジンのどこが好きだったの?どこで出会ったの?

 ジンがイブさんに惚れるのは解るわ。綺麗だもの。

 ねえ、イブさんはどう思ってたの?」


「イブの記憶バラしちゃうけど、特別よ。

 学園の授業の班分けで出会って、ジンとは友達にはなってたの。

 そして、学年で演劇をする事になったの。イブ達の班が選んだ演題は『勇者伝説』桜花の勇者伝説を劇にしたの。

 魔王に攫われるヒロインがイブ。女神に能力を授かって助けに行く恋人がジンの役。

 イブは昔からモテたんだけど、芝居とはいえジンに抱きしめられてメロメロになちゃったの。異性との接触は実は初めてだったのよ。

 それだけ。

 たったそれだけなの。

 でもそれはジンも同じだったみたい」



 桜花の勇者伝説。

 誰でも知ってる物語。

 最期はヒロインが既に死んでいて、勇者も後追い自殺するバッドエンドストーリー。

 今の2人もバッドエンドなんだろうか。

 でも、伝説のなかの2人は不幸ながらもお互いを愛していた。

 今のイブ様とジンも2度と会えないのにお互いを愛している。

 運命(さだめ)なんだろうか。


 ひょっとして、イブ様は『魔王』をしながら勇者が来るのを今も待っているのだろうか。

 求めていないように見えて、今でもジンが目の前に現れるのを待っているのかもしれない。

 あの人気のない湖で今もジンが勇者として魔王討伐に来るのを待っているのかもしれない。



「ふふ、ジンったら、やるじゃない。可愛いわね」


 涙を拭きながらココが答える。

 ココは幸せなんだろうか。

 この人も酷い人生だったという。

 今は本当の自分を見てくれない人に愛されている。

 ジンが()()()()彼女はどうするんだろう?

 そういう愛情なんだろうか?

 そのときイブ様はどうするだろう?どうもせずに受け入れる様な気がする。

 この捩じれきった関係の恋人達は、誰も悪く無い。

 運命に弄ばれた結果だ。



「ちょっとまってて」

 ココが立ち上がり、アトリエに入って行く。

 暫くすると、一本の巻き物を持って戻って来る。絵のようだ。


「これをあげるわ」


 受け取るジーナ。


「いいの?」


 いいのよ。これは売れないし、()()に全然似てないし。

 ジンに許可は貰ったから。ジンはね、完成した絵はほったらかし。描いてばかりで眺める事がないのよ。

 ジーナが絵を開くと、描かれているのはあのアトリエの窓の所に花を持って座る女性。


「これが私なんだって、似てないよね」


 似てないと言うか、絵の中で椅子に座っているのは、どう見ても勇士になる前の美しいイブ様。

 ココにはどこも似てないけれど、イブ様としては何の狂いも無いデッサン。間違いない、ストビアで見たあのイブ様だ。今もジンの想いは消えてはいないのだ。見ているとかえって辛くなる。


「いいものありがとう。有り難く頂くわ」


 巻いた絵を持ったジーナが礼を言う。


「そろそろ帰ります。ストビアに帰らなきゃ」


「そう、気をつけてね」


 終わりなのか。別れが寂しい。

 ジーナのお使いもおわりか。

 名残惜しい。また来てくれるんだろうか?



「ところでジーナ、顔を隠していたのはなぜ?」


「イブがそうしろって言ったの。ジンが私に惚れると駄目だからだってー。

 本当はもっと大人の身体にして欲しかったけど『まだ早い!』って言われちゃった」




 イブ様、この子に嫉妬ですか。





 そして、ジーナのお使いは終わった。

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