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その72 ジンとイブ

 王宮の職員宿舎.


 地方から来た王宮職員が生活する為に用意された居住区。

 実際は職員だけでなく色んな人が入居している。訳ありの人も多い。

 私はジーナと部下ひとりを連れて建物に入る。

 だいたい仕事中の私には部下が付く。いつの間にか私も護衛が付く幹部になっていた。

 

 目的の部屋の主は一般人ではあるが、要警護対象の男性。


 彼の名は『ジン・640』


 この界隈で彼を知らない者は居ない。

 世界の危機を救った『イブ・720』の元恋人。

 現在は他の女性と暮らしている。

 彼の部屋は広い。その理由は彼が特別扱いされているからだけれど、その広い部屋の使い道はアトリエ。

 両手が無い彼のライフワークは絵を描く事。足の指に直接色を乗せて書くのである。まだ決して上手くは無い。だけれども、太い指のタッチは独特の風味を出し、『面白い』とはよく言われている。サンダルに付けた筆で細い線も描くが、殆どは足の指で描いている。

 小さい作品なら低く置いたキャンバスに。

 大きい作品だと、彼専用の足場椅子で身を乗り出しながら描く。足場椅子の操作は彼の同居人の仕事だが、夜中は足場椅子のローラーの音がごとごとと響くので、うるさくて使えない。創作に夢中になったジンが夜中もやりたがるといけないので、同居人はアトリエの灯りを全て無くした。どのみち灯りの置き場所は無いに等しい。道具類と引き取り手の無い作品が所狭しとあるから。



 勝手知ったる建物だ。

 別の部屋に私の娘と孫も住んでいる。私も同居していたが、今や殆ど勇士隊本部で寝泊まりしている。


 目的のジンの部屋のドアをノックする。

 彼の同居人が出迎えてくれる。

 同居人は女だ。此所では彼女を皆『イブ』と呼ぶ。

 本当の名は別に有る。それは皆知っている。いや、ジンだけが知らない。





「どうぞ」


 ()()がアトリエに案内してくれる。アトリエの主は日課の創作活動に夢中だ。

 ぞろぞろと3人でお邪魔するが、主はキャンバスから離れない。いつもの事だ。

 彼は数人にしか反応を示さない。訪問者が来ても無視している。いや、目に映っていないのだ。

 そして私も彼の目に映らない1人だ。そこに居る部下も当然居ないのと一緒。


 この子はどうだろう?


 イブ様の血を引くジーナ。

 まだ子供だが、イブ様似の美人だ。


 だが彼女は美しい金髪を纏め上げて帽子に押し込み、顔には濃いヴェールをしている。

 ジンとは距離を置きたい様だ、声も発しない。

 一度私がジンに言葉をかけてみたが、何も反応はなかった。

 だが、()()とは普通に会話をする。そこだけ見ていれば彼は普通の健常者のようだ。

 会話で彼がイブをいかに大切にしているかが解る。

 私達はイブとジンの様子を暫く見ていた。見ていただけ。



 暫くして、


「お客様と話してくるわ」


 そのイブの言葉でジンは初めて他人の存在に気付いたが、その程度だった。

 頭を一度だけ下げ、またキャンバスに向いてしまった。

 我々はアトリエを出た。





 ココがお茶を出してくれる。テーブルの真ん中には焼き菓子が置かれている。


「仕事中だろうけど、気にしなくても良いから」

 そう言ってココはお菓子を勧めて来る。この菓子は知っている、ウチのメイドも買って来るから。どちらかというと女性に人気のお菓子だ。

 私がひとつとると部下も取った。遠慮して欲しく無い、家主様が用意してくれたんだから。



 ジーナがココに礼儀正しくお辞儀をする。


「今日はココさんにお礼を申し上げたくて参りました。ジンにいつも良くしていただき本当に有り難うございます。本来なら本人が来るべきなんでしょうが、どうしても来れないので代理で失礼します」


 自分が誰だとは言っていない。

 言ってはいけないのかもしれない。ストビアとは国交は無い事になっている。

 ココに動揺は見られない。

 この子が誰だかは解っていないだろうけれど、『本人』が誰だかは解ったようだ。


「あなた名前は?」


「ジーナです」


「何歳?」


 途端にジーナが私の顔を見る。

 私にどうしろというの!仕方ない、少し参加する。


「ココ、秘密守れる?貴方もね」


 ココだけじゃなく、部下の方にも向く。

 ココには言ってもいいかもしれない。あとは部下が口が堅いかどうか。勇士隊員なんだから硬く無いと困る。


「ジーナ、いいわよ」


 ココの方に向き直ったジーナが言う。


「三才です」


 ココと部下が驚いた様子だ。そりゃそうだろう、見た目であと10歳は足りない。

 ジーナは被り物をすべて下し、素のままの顔を見せる。


「似てる」


 ココの言葉は当然だ。

 かつて見たあの人に似ている。

 きっとココはその可能性を思ったに違いない。


「いえ、あの人は結婚していません。子供も産んでません。私は彼女の血縁者には違い有りませんが」


 ジーナの出生は言っていいのだろうか?

 だけれども、言っても理解出来ないだろう。血縁者というのは当たり障りの無い続柄だが、3才と言ったのはどうするつもりだろう。


「しいて言えば、私は彼女の作品であり後継者になるかもしれない者です。普通の人間とは違うのです、それはあの人と同じです」


『なるかもしれない』か。

『なる』ではないのか。


「ココ、パティの容態は良くなったわ。ジーナが治したの。ジーナはとてつもない子よ。そしてジーナを作ったのはあの方よ。もう私達の想像もできない存在になってしまったの。もう神のような存在かもしれない」


 驚き顔のココはジーナの顔を食い入るように見つめ、まるで反動で反るように椅子の背もたれに身を預けた。


「神か、想像もつかないわ。でも彼女は何か違ってた。普通じゃないというか、とてつもない事をやりとげてしまうというか。

 じゃ、死んだ人間も生き返らせる事も出来るのかしら?」


「生き返らせる。貴方が生き返らせたい人達は()()無理です。せめてあの時なら・・・」


「そうよね。死んだ人間が生き返る分けないか。どの人のことだかわかっているの?」


「あの日、村で別れた人たちですよね。すまないと思っています。後少し早ければ助かったかもしれないのに」


「やっぱり判って言ってるんだ。凄いわね。いいのよ、私達もジンを守りきれなかったし。考えてみればお互い様かも」



 さっき、ジーナは言ったわよね。

『せめてあの時なら』と。


 つまり、蘇生出来る事も有るのね?

 そんな事が出来るのかな?この子なら出来るかもしれない。

 命を作り、成長もコントロール出来、我々どころかサリュート人も諦める怪我人を治す存在。




「それで、ひょっとしてジンを治しに来たの?」


 きっとあの方なら出来るかもしれない。ジンの腕にしても心にしてもあの方ならひょっとしたら治せるのかもしれない。或は連れ帰って、あの世界に住まわせるかもしれない。あの世界なら両手も使えるに違いない。




「それをどうするか、見にきました」


 神の使いはそう告げた。



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