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その69 ふたたび冒険者迫る

「早く!ワレンチナを呼んで!」





 勇士隊本部に数人の重傷者が担ぎ込まれる。皆、戦闘の末の怪我人。

 その中の1人はサリュートからの技師のワレンチナ女史の部屋に運び込まれる。

 ワレンチナ女史の手当を受けるこの重傷者こそ、3代目勇士隊隊長パティ・149。

 彼女は勇士手術の末に特別な身体になった兵士。ジャージャー国最強の兵士だ。


 パティの怪我は酷く、身体のあちこちに傷、そして胸部に大きな打撃を受け、片肺が潰れている状態で、生きているのが不思議だった。パティの胸を見たワレンチナ女史はすぐにサリュートに応援を要請した。どう考えても手術が必要になるが、ジャージャー国の医師では助手すら勤まらない。出来れば前任のセルゲイ氏に来て欲しいが、彼は現在はサリュートの代表になっているので此所には来れないだろう。自身とセルゲイ氏を比べればセルゲイ氏の方が技術は上だ。セルゲイ氏の能力の高さは医学だけでなく、工学や制御にも及び、正に天才だった。そして今はサリュートの指導者だ。


 流石に指導者は国を離れられない。

 有能な者が来るのをワレンチナは応急処置をしながら祈った。




 ーーーーーーーーーー



 時は少し遡る。

 ジャージャー国は混乱していた。

 


 深夜、王都の学園宿舎が襲撃を受けた。それも2カ所も。

 狙われたのは裕福な家の者が通う学園の宿舎。親元を離れ生徒だけで共同生活、そこの子供達がごっそり誘拐されたのだ。現れたのは『誘拐犯』というよりは『盗賊団』だった。

 何十人と群れをなしてきて、警備が数人で立ち向かった所で切り伏せられるだけだった。

 真夜中の襲撃で警備どころか憲兵も軍も間に合わず、終わった時には60人を攫われ、宿舎と逃走経路には200人を超える死体が転がった。

 そして死者の半数は平民出の子供だった。誘拐犯は金持ちの子供ばかり狙っていた。

 のこる死者の半分は大人達だ。関係者と立ち向かった者達。



 事件は嵐のようだった。

 あまりの大人数による犯行で、犯行後の犯人達の居場所はすぐに判った。隣国桜花との間に有る山を拠点とするユージュとういう集落。ユージュは元は、国とは呼べない小ささの田舎だったが、今は盗賊の拠点となっていた。近年、ジャージャー国が追い出した冒険者が集まって出来た盗賊団集落。更にはジャージャー国を模倣して桜花も冒険者を排除しだして、ユージュの人口は膨れ上がった。

 そもそも、マトモな生産活動などしない冒険者。集落の生活が行き詰まるのは当たり前だった。

 そんな彼らにも転機が来る。


 ストビア危機。


 この騒動に紛れてサリュートの兵器を強奪したのだ。

 ストビアに攻撃されて虫の息だったサリュートのとある部隊の兵を冒険者達は皆殺しにして兵器を奪った。彼らにとっては世界の危機よりも自分たちの欲求の方が上だった。


 そして未知の兵器の使い道をなんども試して漸く理解した。

 彼らのやる事はひとつ。富の強奪。

 そして、反撃を受けにくくする為に金持ちの子供を人質に攫った。暫くすれば家族には身代金要求が来るだろう。判りきったこと。



 桜花は動かなかった。

 桜花出身の冒険者も犯行に加わっているのは想像するに容易。

 だが、桜花は『勇士』を貰えなかった国だ。ジャージャー国に協力する気はなかった。ユージュの冒険者はそれも計算の上。


 更には、攫った子供達を尋問して素性を調べ上げ、王族縁者と軍の上層部の子供達を無傷で解放した。

 解放された子供の親は喜んだが、解放された子とされなかった子の親の間で亀裂が発生した。

 人質がいるので及び腰だった軍。批判が集まるのは仕方なかった。

「お前の子供は無事帰して貰えたからな」

 と、イヤミを言われる。それも冒険者の作戦。

 身代金要求は国ではなく、親個人に行く。軍が金を渡すなと言っても聞く者は居なかった。無傷で子供を返して貰えた親の所属する軍の言う事なんて聞く耳を持たない。

 宿舎で即殺された子供達の親にも、軍人が居る事など考えもしなかった。



 人質が居るので正攻法では無理と踏んだ勇士隊は夜襲を掛けた。だが、パティ達はサリュート製の強力な武器のせいで返り討ちに逢っていた。人質を晒されて負けたのではなく、攻撃力で負けたのだ。



 かつて『勇者イブ』が駆逐した冒険者の脅威に、今苦しめられている。

 そして、勇者イブはもう居ない。

 彼女はストビアの国王となり、もう帰らない。


『イブは戻らない』


 その事は人々に絶望を与え、冒険者達を驚喜させた。







 ーーーーーーーーーー





 午後の執務をするセルゲイ。



 ジャージャー国で大きな事件があり、医者の派遣要請を受けて2人向かわせた。

 一応、他国への干渉はしないようにしているが、このくらいは許容範囲だ。勇士関係の援助はなるべく面倒を見る事にしている。それに、数年間過ごしたジャージャー国に思い入れも有る。


 サリュートはもう飛べない。


 この先、先住民ともっと親密にしなければならないこともあり得る。

 だから、ジャージャー国を突き放す様な事はしない。だが、したくも無いとも思える。


「彼らは好戦的過ぎる」


 サリュート民から見たら、ジャージャー国も、その他の国も物騒だった。

 しかも、ストビア危機の最中にサリュート兵を殺し、武器を強奪するとは理解不能だった。




「疲れた」



 そうだろう。

 午前中は牛とヤギの世話をして、午後は事務仕事。



「セルゲイさん、お客様です」


 セルゲイは国代表だが、『セルゲイ』と呼ばれる。

 サリュートは人口が少ない。知り合いだらけだ。

 どうせ直ぐ、任期が終わり別の者が国代表になる。だからいつも名前で呼ばれる。

 国代表という位に価値は無い。当番でやってるのと大差ない。今は祭り上げられて国代表だが、どうせ直ぐ終わる。

 ジャージャー国には国王と呼ばれるが、そんな大層な者ではない。




 部屋に入ってきた娘は遠慮もなく私に言った。 イブにそっくりな娘。



「セルゲイ、お小遣い頂戴!」



 鉄の棒は持って来ないで欲しい。

 床が傷む。

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