その66 そりゃ、聞かれるわよね
「ジンはどうしてる?」
何を置いてもイブ様の感心事はこれ。
ケーキを食べ終わって、私とイブ様はお茶を飲んでいる。
お茶といっても、我々の国のお茶とは味が全然違う。何かの野菜の煮汁の様な、コンソメの様な物。でも甘みや辛みは無くお茶のように飲める。この国ならでわの飲み物。
シットケーキは甘かった。凄く甘い。
甘いのが苦手な人は敬遠する味。子供が選ぶケーキは何所の国でも似た様な物みたい。
私はぎりぎり許容範囲。これ以上甘いと厳しい。
イブ様は「美味しいわ」と言っていた。甘党らしい。
ジーナは食べるだけ食べて何処かに遊びに行ってしまった。
この家は私が尋ねた4番目の家だった。
部屋には沢山の絵が立てかけてある。飾ってある物は無い。相当な量だ、暇だったんだろう。
イブ様は細やかな作業は苦手だった筈だけれど、ここでは違う様だ。
この国に居ると、色々身体に変化が起きる。
私も正直、身体のキレがいい。
若干肌艶もいいように思える。
お陰で、この格好でも絶望的な見た目にはなっていない・・・・と思う。
最近のジン君の様子をイブ様にお伝えする。
彼は体調はすっかり良くなっている。だけれども記憶障害は相変わらずでココをイブと呼ぶ。
両手が無いので仕事は何もできないが、生活は軍と国の補助により不自由は無い。そりゃ、ジャージャー国どころかサリュートまで救った英雄の恋人だもの。丁重に扱われる。
そして以前は寝たきりだったが今では走ることも出来るようになった。
麻薬の禁断症状も自身で我慢出来るくらいまで治まってきたと言う。
うんうんと聞くイブ様。
ご両親の話よりもジン君の話が好物。
彼は部屋では、絵を描いている。
筆を使わず、足の指で低く置かれたキャンバスに直接描いている。
もう可成りの枚数をこなしている。
仕事のできないジン君が、絵が上手くなったならば、職業絵師にすることも考えていると言う。まだ先の話だけれども、社会貢献することが出来れば彼の心にも、良い影響が出るのではないかと期待している。
細かい線はサンダルの先に筆を固定したもので描いているが、目から遠いのでたいへんそう。
私はイブ様が絵を描いているのを見た時に、2人はこんなに離れていても縁があるのだと驚いた。二人は遠く離れていてもどこか通じているとしか思えない。
その後もイブ様はジン君の話をずっと聞いていた。
聞かせづらい話もあったが、全て聞きたいというので、思いつく限り語った。
ああ、この方の女としての歴史は18歳で止まったままなのだ。
ジン君への想いは今も変わらない。
漸くジン君の話題を切り上げて、他の事も。
アーサーはすっかり表に出なくなった。
表立っては居ないが、一度自殺未遂騒動があった。
もう、軍の活動など無理で、深窓の令嬢のように部屋に引きこもっている。
エルザ様を失い、その後も活動はうまくいかず。
一方、『勇者』の称号まで得たイブ様。その後にストビアまで制圧したのを見せられれば、自信を失うのは仕方ないのかもしれない。
現在の勇士隊隊長はパティ。
アーサー様は軍を外された。
エルザの死後荒れていたパティだが、持ち直し精神的に強くなった。
本人の希望を受け、承認されて、彼女は勇士手術を受けた。
残念ながら勇士特権は与えられてはいない。作戦毎に条件付きで貸与される。
全く折れる事のない厳しい態度で敵に当たる彼女は恐れられている。
冒険者がらみの事件だと血を見るのは確実だ。エルザを失ったの時の恨みが炸裂するらしい。
だが、近くで見ていて、パティの能力はイブ様には遠く及ばない。エルザ様やアーサー様と同じ位。やはり、イブ様だけが別格の能力と強さを誇る。
パティの手術の頃はイブ様もまだジャージャー国に居た。イブ様が最後にパティを見たのは生活訓練中の姿。
そして、どうしても言わなければいけない事を。
「ラビィさんが亡くなりました」
イブ様は目を見開いた後、顔を伏せた。
どこかで覚悟していたのかもしれない。
軍に入る前からの古い親友。ジンと引き離されて苦しんでいたイブ様を支えたのは彼女だ。
ラビィさんはパティとほぼ同時期に勇士手術を受けた。
1週間違いでパティが4人目の勇士。ラビィさんが5人目の勇士となり、サリュートからジャージャー国に送られた勇士手術の席は埋まった。
私はラビィさんには手術を受けて欲しくは無かった。
パティにも同様のことを思っていたが、ラビィさんとは良く一緒に居たので想いは尚更だった。
イブ様に至ってはラビィさんと大喧嘩したくらいだ。ラビィさんは勇士になる事を自身で希望したのだ。親友だからだったのかもしれない。だが、イブ様にしてみれば受けて欲しく無かったろう。
パティと同じく、ラビィさんも生活訓練の頃にイブ様は去った。
イブ様がストビアへの特攻の頃、既にラビィは体調がおかしかった。でもその頃はまだ歩けた。
身体のつくりが変わる過程でなにかおかしくなったのか、調子がどんどん悪くなり、最後は寝たきりになってしまった。原因は最期まで解らなかったけれど、見ていて辛かった。
「最期はアーサー様がラビィさんの希望を受け入れて、天国に送りました。
もう、指すら動かせなくなり苦しかったそうです。
セルゲイ氏にも治せませんでした。
ラビィさんから貴方に言葉を預かっています」
『抱きしめてあげられなくてごめん、大好きよイブ』
彼女がイブ様に残した言葉。短い。
もう長い言葉も喋れなくなっていた。
「私も好きよ、ラビィ・・・・」
また彼女は大切な物を失った。
そして、声をあげて泣いた。
死ぬ事を求めたラビィの希望を叶えたのは、勇士特権を持つアーサーです。
安楽死か更なる治療かは、意見が分かれていました。




