その5 英雄の誕生!
私はラビィ。
新設された三勇士隊に配属された。前から仲のいいイブも居る。
あの青い果実を程々食べる事が出来たせいだろうか。
20名のなかに選ばれたのは幸か不幸か。女で選ばれたのは6人。
この仕事は他よりも能力職で守秘義務も多い。そのせいか給料は3倍だ。
私の仕事は軍と一般職の半々な感じ。ただ、他の部署との交流は少ない。
剣術を覚える為に体力作りが増えた。幸い運動は大好きだ、淑女らしくするより良い。
騒動は5日目に。
休暇中のイブが本部に連れ戻されてきた。
連れてこられというよりは連行だ。
確かにイブは特別にされていた。
三勇士の一人だというが、よく解らない。
イブは部屋に軟禁され、監視や医者がついた。
イブの泣声や怒鳴り声は本部中に聞こえた。
イブの両親もなだめる為に呼ばれた。
数日後、三勇士隊の皆が集められ、『勇士』とは何かという事が説明された。
魔人のとてつもない技術に驚いた。肉体強化、我々の知らない不思議な力。
三人が選ばれ、その1人がイブであること。
イブには申し訳ないが、適性検査でイブが最適である。
どの道結局は誰かがやらねばならないこと。
一度術を施されたら、元には戻れない事。
任務の隙を作る訳にはいかないので、妊娠出来ない事。
イブはもう一生一般人には戻れない事。
イブだけはもう私生活はないので、『給料』という物はなく『予算』がつく事。
そして、アーサー王子、エルザ、イブ以外の17人は手術しなくていい事。
このことに私は正直安堵した。
私達の方は結婚の自由がある。
かつて一緒に恋バナをして一緒に笑いあったイブは彼氏も結婚も許されなくなったのか。三年付き合った彼が居た筈だ。
そして更に数日経って、あのイブの連行騒動は彼氏のジンとの最初で最後の逢瀬を引き裂いて連れ戻したというのを噂で聞いた。最後ぐらい好きに出来ないのか!と怒りが湧いた。
軟禁が解かれたイブ。『落ち着いた』と言われたが落ち着いたんじゃない、まるで抜け殻だ。
見ていて痛々しい。
『従順になった』
そうじゃない、自らの意思を手放したんだ。どんな理不尽な事も些細な事にも逆らわない。
イブをなだめる為に両親を呼んだが、あれも効いたのだろう。両親の言葉は『隊』の意見に沿った言葉のみ。いつもならイブの話を聞いて抱きしめてくれる筈の親の姿は無い。両親の身柄も命も『隊』の支配下にあると見せつけた様な物だ。
イブには両親が人質になったと見えたかもしれない。
益々イブは絶望しただろう。自殺すら封じられた様なものだ。
そんなイブに嫉妬する者もいた。
男の中には『勇士の力』を欲しがっていた奴もいたのだ。
最も酷かったのは、適性検査を通ったのをいい事にコネ入隊した名家の御曹司だった。
隊員になるだけなら手術も無いし、給料もいい。特権も手に入る。
重要な部隊に、どうしてこんなバカが居るのか不思議だったが、とてつもないゴリ押しがあったんだろう。
名をセニンという。
子供の頃から甘やかされ、回りの人間は皆格下だった場所で育ったセニン。
身長に恵まれ、物理的にも人を見下す。
名家の御曹司だから英才教育も有ったのだろう、剣の腕は指導者レベルだった。ただ、剣術道場での評判は最悪だ。権力を振りかざすし、とても我が儘で自分が負けると闇で仕返しをした。女癖も悪い、殆ど強姦だが名家故に全てもみ消された。
セニンは勇士に選ばれたイブが町民だったのも気に入らない。
自分が選ばれず、イブが選ばれる。権力や力で勝ってないと面白くないらしい。
イブが従順になったという話を聞いたセニンはイブに命令するようになる。
隊の身分ではイブの方が上の筈なのに、どけと言えば退くし、頭を下げろ下民!と言えば頭を垂れるイブ。そこに唾を吐くセニン。しかも人前だと更にエスカレートする。
あるときのこと、
「こいつ、絶対に逆らわねえんだぜ。見てろ」
自らの意思を手放したイブはまるでお人形。
何か言われれば無感情で従うだけの抜け殻。
取り巻きを連れたセニンはニヤけたバカ面で言った。
「脱げよイブ!」
一瞬、イブが固まったが・・・・・
「早くしろ!下民」
イブは衣服を全て床に落とした。
男達の前で全裸を晒すイブ。
勝ち誇った顔のセニン。
取り巻きの男達は女体に暫く喜んだが、冷静になると青ざめる。
流石に将来の勇士にこれはマズいと思う、当たり前だ。
『まずいよ』とか『セニン、まずいって』とか取り巻きが小声で言うが、バカのセニンには通じない。
異様な空気に気付いた兵が向かってくる。
兵がセニンを取り押さえるが、抑えられながらもまだ喋る。
「イブ!俺の靴を舐めろ!」
バカの暴走は止まらない。
だがイブはセニンの前に跪き、無感情で靴を舐めた。
「いいザマだ!平民風情が!」
セニンはイブの顔を盛大に蹴り上げた!
まだイブは勇士手術を受けた訳じゃない、ただの弱い小娘。後ろに倒れ左頬から縦にザックリ切れてぼたぼたと血が落ちる。眉の辺りも切れている。
慌てて兵達がイブに上着をかけたり顔を抑えたり大騒ぎになった。
兵や取り巻き達は『名家の御曹司』のセニンになだめる様なユルい拘束しか出来なかったが、今回ばかりは罪人のように引きずっていった。
後の英雄として美貌も採用理由だったのに、裸を男共に晒させて顔に大きな怪我をさせた。相当な傷跡が残る。不名誉な過去も。
まさかセニンがバカでもここまでバカだとは・・・
一連の騒動を聞き私はイブの元に駆けつけた。
部屋で空虚を見つめたたずむイブ。
顔には出る血で赤く重くなった包帯。
「大丈夫?」
「他は何ともない?」
「なんで服なんて脱いだの!」
「仕返しするから相手教えて!」(その時はセニンと知らなかった)
「お願い、何か言って・・・」
イブを抱きしめたり揺すってみたりしたが、イブは何も言わなかった。
何も言ってくれないイブが遠く感じた。
私達友達だったじゃない・・・・
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数日して、私はまたイブの部屋を訪ねた。
イブは部屋で語学の本を読んでいた。覚えろと言われたのだろう。
前より顔の包帯は赤い場所が少ない。出血は少なくなったようだ。
「今日、訓練で森に行ったの。セニンが死んだわ。
蛇に噛まれたのは運が悪かったのね。
噛まれた腕を切り落とせば助かる筈だったんだけど、腕を切るとき、勢い余って足まで切っちゃった。
私のミスね。
治療してたら助けを呼ぶのが遅れたわ。あんなに血が出るのは初めて見たから驚いちゃった。
そう言えば、切らないで助けを呼びに行くってのも手だったわね。私、方向音痴だけど」
私はイブの使っているコップに水を入れ、一杯のんだ。
そして、コップにもう一度水を入れ、イブに差し出した。
「こんな事しかしてやれなくてごめんなさい」
イブがコップを受け取る。
イブが私の顔をみる。
イブの方から私を見るなんていつぶりだろう。
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私は隊長に全てを親告した。
静かに隊長が部屋を一回りする。
静かに、とても静かに歩いて部屋を一周した。
隊長は言った。
「この事を他に知っている者は?」
「おりません」
「では事故だ」
「よいのですか?」
「ああ、これからも頼む」
よりによって『これからも頼む』か。
私も引き返せない道に来てしまった。
隊長に弱みを握られたとも言える。
もう、この隊から出れないだろう。
そして私を見て、
「6とは話をつけてある」
『6』というのはセニンの実家の名だ。
この国は家名は数字だ。セニンの名は『セニン・6』
隊長は『アーサー・1』、私の名前は『ラビィ・715』
「6の取り潰しかセニンを差し出すかで、セニンの身柄を貰ったから大丈夫だ。君がしなければ私がしただろう」
「いえ、出過ぎた真似をしました」
「君にはイブのあらゆる面倒を見て貰いたい。細かい報告も頼む。損な役だが宜しく頼む」
頼むとは言っているが命令だろう。
でも、イブの行く道に比べたらどうってことはない。このくらい我慢するさ。
私はイブの友達だから。
そして、イブの顔の怪我が落ち着いた頃、勇士手術が行われた。
予定を大幅に遅れた最後の1人の手術だった。