その58 初めての夜
助けた姉妹について行く。
この国に来たはいいけれども、無一文で右も左も分からないまま、食事抜きで野宿という事態は避けられて助かった。
最初に目覚めた家に戻り泊まらせてもらう手もあるが、夜は無人で施錠されていることも考えられる。
何しろ、あの家には生活感が無かった。台所も寝室も無いようだった。ベッドはあれとひとつで、硬い枕とシーツしかなく、掛け布団は無かった。
恐らくは医療系かなにかの仕事場なのだろうか。
そもそも何故あの部屋に居たのだろう?
謎だらけな部屋だった。
今となっては戻る選択肢は無い。あの女に会ったら更にオカシナ格好をさせられそうだ。
暫く歩くと、二階建てのやや大きな建物が現れる。ほかの家の二倍くらいの大きさだ。豪華ではないけれど。
先頭を歩く姉が玄関のノブに手をかける。
「ここが我が家です。お入りください」
姉、妹、私の順に入ると、玄関内にはカウンターといくつもの棚が見える。
「ただいまー」
姉の声に反応して家の奥から綺麗な女性が出てくる。歳は更に上だ。母親だろうか?
「おかえり、おそかったじゃない。そちらの方は?お客さん?」
「泊まるけどお客じゃないよ。リンが悪者にお金取られそうになってるのを助けて貰ったの。とっても強いんだよ!旅人だし、お礼に来て貰ったの」
姉は『旅人』と断定して話している。私って旅人?
「ユリと言います。ご迷惑では無いでしょうか?」
「いえいえ、妹の恩人なら大歓迎ですわ。ゆっくりなさってください。うちは、宿屋ですから部屋は沢山ありますの。マリー、202号準備して」
「はい」
姉だったのか。
三姉妹か。
三人とも美人だ。
色っぽい大人の魅力の姉。
若く元気そうな次女。
小動物のような可愛らしさの末っ子。
「有難うございます。なにかこちらのほうが世話になっているみたい。
あの、この宿のオーナーにご挨拶をしたいのですが」
「私がオーナーのミシェルです。この家は私達三人でやっていますの。両親は三年前に事故で他界してまして、それ以来三人で両親の形見の宿を営んでおります」
「すいません」
「いいんですよ、慣れました。それより、肉と魚どちらがお好き?」
「あ、いえ、お気遣いなく。好き嫌いはありません」
「うーん。
リーーーン!
お肉買ってきてー!」
「はーい!」
末っ子が小さな巾着袋持って玄関を飛び出し駆けていく。
ええっ?
さっきカツアゲされそうになったばかりなのに!
また危ない目に遭うかも!
え?
ええ?
呆気にとられてたけれど、我にかえって玄関の外に出るが、末っ子はもう居なかった。
中に戻ると、ニコニコした次女が客室の鍵を持って待っていた。
ーーーーーーーーーー
肉をメインにした夕飯はとても美味しい。
他に泊まり客も居ないので、皆で一緒に食卓を囲む。
姉と次女は白のブラウスみたいな服とロングスカート。末っ子も普段着だが派手すぎず地味過ぎず、ちゃんとした格好。
そこに混ざる痴女のような格好の私。
・・・恥ずかしい。
流石にテーブルにつくのにローブは失礼だろう、外した。
するとこの露出狂の衣装しかない。服を買う金もないし。
流石にテーブルを痛めてはいけないと、篭手を外した。そうすると、テーブルの上で隠されてる肌は乳の真ん中辺りだけだ。あとは全部素肌。恥ずかし過ぎる!
だけれども三姉妹は私の姿のことはスルーしてくれる。
優しいなと思ったが、正直羽織るものを貸して欲しかった。その優しさは無いらしい。
何事もなく食事が終わり、部屋に戻る。
部屋には少しの水と夜食用のお菓子が少々。既に火が灯されたランプ。タオルや髪をとかすクシもあるし、ふかふかの布団が用意されてるが・・・
部屋着は無い。
仕方なく、裸で寝た。
ーーーーーーーーー
翌朝。
朝食はまた痴女な姿。
食べ終わった後、長女のミシェルさんに話しかけた。
「首都にはどういけば良いんでしょう?」
「キーロフね。
遠いわよ。歩いたら4日は掛かるわ。乗り合い馬車の方がいいんじゃないかしら」
4日。
どう考えても食料と宿泊で金が必要だ。この格好で野宿は寒そうだ。服は幾らだろう?
この国は技術が進んでいるように見えるのに移動は馬なのか。それに、そんなに大きい国だったのか。砂漠に立つストビアはそこまで大きく見えなかったが、中に入ると随分違うようだ。
首都のキーロフにたどり着いたとしてイブ様にすぐ会えるとは限らない。やはり金は必要だ。
ならば、
「この辺で短期で仕事をさせてくれる所はないかしら?
恥ずかしながらお金がないんです。旅費を稼がないと」
閑古鳥が鳴いているこの宿に仕事は無いだろう。
他でなんとかしないと。
出来れば今夜もここに泊まりたいが、そのお金も要る。
「そうねえ。
それならギルドに行けばなんとかなると思うわ」
ギルド!
耳を疑った!
この平和そうな姉の口から『ギルド』を聞くなんて。
確かに地域によってギルドは差がある。私達のジャージャー国ではギルドは犯罪集団だ。
そこへ末っ子が現れる。
「おねーさんなら強いからギルドに行けば、すぐかせげるよ!」
いやいやいやいや!
ちょっと待って!
この子まで何言ってるの?
この宿、変な商売してないわよね?
この色っぽい姉さんまさか!
それを私にもしろと?
やっぱり、この破廉恥な姿のせい?そう思わせた?
『おねーさん』と呼んでくれたのは嬉しいけど、そんなに若くないから!
勘弁して、孫より若いわが子は作る気はないから!
まてまてまて、末っ子は『強いから』と言ったわ。
「あの、ギルドってどんな仕事をしてるんですか?」
先ずは冷静に。
「そうねえ。雑用とか力仕事の人夫に傭兵とか色々あるわ」
「その・・・あの・・・犯罪とかはしてないですよね?」
「さあ。無いんじゃないかな。昔そういう事件もあったらしいけど、今は聞かないわ」
なんか、ジャージャー国のギルドとは随分違うらしい。
一度様子を見てみよう。
犯罪と関係無さそうなら入ってみようか。
私はもう犯罪をする気はない。
二度と裏の世界には戻らないと決めたのだから。
他に仕事の当ても無いし、もたもたしていてはいつまでたってもイブ様の元に辿り着けない。
私はギルドに行く事を宿の皆に告げた。
お弁当まで持たせてくれるのは有り難いが、サービス良過ぎではないだろうか?
そして、
「きっと必要になるわ」
長女のミシェルさんが私に不思議な薬剤を渡して来る。
『ポーション』
という万能薬だそうだ。




