その56 イブの王国
ストビアへ続く道。
いや、明確な道には見えない。
随分と誰も来ていないらしい。
砂に立つストビア。
巨大なストビアを囲むように砂地に棒が並んで立っている。
柵とするには本数が足りない。だいたいの目印と言った所だ、セルゲイの説明通りだ。
かつてセルゲイ達が立てた棒。
危険なのは此所からだ。
ストビアの防衛線はその目印の棒の先。
もし、防衛機が動いていたならば、それ以上近づいたら消し炭にされる。
その威力は4年前に見た。
盾が有った所で防げはしない、一瞬で家数件を吹き飛ばす攻撃を喰らうことになる。
セルゲイは言った。
試しに石や棒を投げても反応はしない。あくまで『敵』に反応する。
防衛機が動いているか動いていないかは足を踏み入れてみなければ判らない。
まず、武器は持ってはならない。必ず攻撃される。
セルゲイはストビアを去る時に『停止』させて来たと言ったが、その後もなにか有ると動作してる事があるらしい。たまに音が聞こえると。一度動作を始めると数時間から数日作動状態にあるのだという。
棒の外で座る。
考える。
考えてもしょうがないのに。
なかなか踏ん切りが付かない。
判定は一瞬だ、その先に行けば判る。
わざわざ自分で走馬灯を回す。
育った町の記憶。
子持ちで闇の仕事をしていた時代。
死んだ先輩のこと。
シロとクロイ。
かわいい孫。
そして、栄光の勇士隊隊長のイブ様。
彼女に仕えたことを誇りに思う。
忘れもしない。
恐怖のストビア要塞に、セルゲイと2人で大空からの特攻。
まさに『勇者』だった。
11日後、ストビア要塞は沈黙した。
要塞からひとり出て来たセルゲイが宣言した。
「 終 わ っ た 」
と。
だが、そのままイブ様はひとりストビアに残った。
恐怖のストビア要塞は、今はイブ様の支配下だという。
想像もつかない。
イブ様は確かに強かった。
それに迷いが無く、行動力が抜群だった。
人を読み、不思議な能力も有った。
だが、所詮はと言われる程度だ。
相手がデカ過ぎる。
しかし、サリュートの兵ですら敵わない要塞を倒した。
何が有ったかはセルゲイも詳しく語らない。
あの日、帰って来たセルゲイに皆は詰め寄った。
そううちの誰かが言った。
『本当は負けたのではないか?イブは死んだのか?』
ただセルゲイは、
『確かに勝ちました。誰かが残らねばならないのです。イブさんはストビア要塞を支配し続けることで沈黙させているのです』
それ以上は言ってくれなかった。
イブ様は今どうしておられるのだろう?
特攻前の去り際の言葉は、
「 ジ ン を 頼 む 」
これだけだった。
どこまでも一途に恋人の事を想うイブ様。
隊よりも国よりも恋人の事を第一に想う人。彼の目に自分が映っていなくても構わない。
数々の事件を解決し、ギルドを丸ごと壊滅させ、内紛も制圧した。
もし、ジン君が生きていなかったならどうなっただろう?
何も成さなかったかも知れない。
不意にそう思った。
重い腰を上げる。
日除けのフードを後ろに下ろす。私の顔を見せれば少しは大丈夫だろうか?
本当は決心はついてない。
恐い。
無駄なのに、石を投げてみる。
何も起こらない。
勇気を出して入らなければ。
来る前にセルゲイに聞いた。
「確率は?」
「判りません」
乾いた答えだった。
歩く。
恐い。
死ぬなら一瞬がいい。
方向を確認して目をつぶり歩く。
歩く。
生きてる。
歩く。
どこまで来たのかな。
歩く。
胸が気持ち悪い。どうにかなってしまいそう。
歩く。
歩く。
歩く。
お願い助けて!
歩く。
イブ様どうか!
まだ生きている。
目を開ける。
少し方角がズレているが、半分以上歩いた。
撃たれてない!
大丈夫かもしれない!
歩く。
心臓が爆発しそうだ。
止まる。
目の前にストビアの白い壁。
生きてる!
ゆっくりと右手を壁に近づける。
恐い。
手を引っ込める。
あまりの緊張でへたり込む。
震える手で持ってきた水を飲む。
水は半分なくなった。
セルゲイ氏から預かった説明書を出す。
ストビアの見取り図、入り口の位置を探す。
呆気なく見つかる。
見つからなければ、それを言い訳にして帰ったかもしれない。
もう後には引けない。説明の手順で入り口をあける。触るのが恐かった。人の世界には無い素材のドアと開け方。パニックになりそうだが、堪える。ひとりでに開くドア。
この先は未知の世界。
ゆっくりと足を踏み入れる。
恐い、心臓の音が聞こえる様だ。
勝手にドアが閉まる。
本当に引き返せない。
もう一枚ドアが有る。
説明文のやり方で開ける。開く。
説明の通りに廊下を進み、説明の通りの部屋を探す。あった。
そこは不気味な部屋だった。部屋は細長くて箱が大量に並んでいる。
いくつか蓋が開いている。箱の中は変な椅子。
セルゲイ氏の説明文にはそれに座れと。
おそるおそる座り、更なる説明の通りに機械の操作をする。
間違っては居ない筈だ。
細心の注意を払ってその通りにした。
不意に蓋が閉まる!
恐い!
その直後、私は何処かにばしゅんと飛ばされた。
味わった事の無い感覚、感触、音、視界。
一体どうなるの・・・・
ーーーーーーーーーー
ベッドらしきものの上で目を覚ます。
気絶してたのか眠っていたのか。
見知らぬ部屋。
ジャージャー国の様式でも桜花の様式でもない。
殺風景な部屋。
「 ! 」
服を着ていない!
あわてて下に有ったシーツを身体に巻く!
誰かに見られていない?
おばさんだといっても羞恥心は当然ある。
見渡すと、部屋の隅の机で、書き仕事をしている風の女が居る。
周囲は見た事の無い道具ばかり。
女がペンを置き、こちらを向く。
私と同年代か少し歳上に見える。短髪でやけにスッキリした白い服。履くのは珍しいデザインのサンダル。
女がこう言った。
「ようこそ、ストビアへ」




