その54 もうひとがんばり そして疲れた。
ギルド決起の朝。
ギルド本部の中庭に集まった冒険者がざわついている。
武装蜂起で集まった冒険者。
実際はここにきたのは冒険者集団のリーダー格で更に多くの下っ端冒険者が各方面に集結して待っているだろう。
中庭の冒険者達のざわめき。ざわめきはどんどん広がる。
冒険者が見上げる中庭の木の枝に死体がぶら下がっている。
その数は12体。
すべて男。
誰だ誰だと見上げる冒険者達。
暫くして、今日から小隊長をする筈だったギルド員達だと気付く。
作戦は失敗だ!
幹部は皆殺しにされた。
ギルドが何者かに襲撃された。
これは非常事態だ!
利口な冒険者は外に走って逃げた。この選択が一番正しいだろう。
これは報酬が無くなったなと歩いて出て行く冒険者も。これも正しい判断だろう。
だが、何処にでも血の気の多い奴は居る。
まだ60人も居る。
中庭を見下ろす屋根に女が立った。
数人が女に気付くと他の者も注目した。覆面で顔は見えない。長い髪は無い。だが骨格と膨らむ胸元で女と解る。
残った冒険者達が女に注目する。異様な事態に意外な女の登場。
イブが呟く。
「ざっと60人か、丁度いいな」
「誰だ!てめえ!」
言う事がワンパターンだな。
我ながら自分を褒めてやりたい。
昨夜は殺したかった親衛隊長を殺さなかったんだから。本当なら八つ裂きにしたい相手だ。愛するジンを襲う依頼をした男だ。だが、尋問も残っている。殺さずに部下に渡した。
あとはアーサーに任せよう。 あの男を手にかけられなかった不満はコイツらで晴らすとしよう。
「諸君。見ての通りギルドは潰したよ。ギルドの財産も押収した。残念だな」
「てめえの仕業か!降りてこい、斬ってやる!」
「煩いな。今行くから」
持参した袋を持ち上げる。
「ギルドの金は押収したが、ここに少し残してある」
袋の底を叩く。
ジャリと音が出る。聞こえたかな?
「今から殺しあおう。生き残ったもので分けるが良い」
私は袋を屋根に置き、愛用の棒を持って屋根から飛び降りた。
どう見ても女。
盾も防具も無い。
持つのは棒。
きっと異様に見えるだろう。
顔は・・・勘弁してくれ。
「さあ、来いよ」
冒険者達は顔を見合わせていたが、まず1人目が斬りつけて来た。
ナメた攻撃だ。女だと思って!
私は右からそいつの頭を叩いた。完全に間合いの外だ。
どさりと落ちる男。
軽く雑にやっただけだ。
最初から無敵だと思わせたらつまらない。
雰囲気が変わる。
「死ねやあオンナア!」
「来い!」
斬り込んで来る大男をたたき壊し、次の男も腕ごと吹っ飛ばす!
背後から来た奴の顔を縦に貫通させて、返す振りこみで前に居た奴の足を折る!
次から次へと押し寄せる男の波。
悲鳴と怒号と打合う音で騒然となる。休み無く動き、囲まれっぱなしで無駄な振りは出来ない!
叩く!叩く!叩く!
叩く!叩く!叩く!
楽 し い ・ ・ ・
戦いの中心は外側からは見えない。
次から次へと寄せてくる腕自慢の馬鹿共。
今日は身体のキレがいい。
気分がいい。
ひときわ大きい男の剣を叩き払い、頭を踏み台にして高く跳ぶ!首の折れる踏み心地。
野郎共の遥か上を飛ぶ!
あ あ 、 な ん て 楽 し い !
なんだこの胸の高鳴りは!
一振り一振りの爽快感は!
1人1振りで倒している。対峙する者は皆疲れていない者ばかり。
少し疲れて来た。
だが疲れとは逆に気分はどんどんのめり込む。
今私はどんな顔をしているだろう?
こんなにも戦いが好きだったなんて・・・
こんなにも破壊が好きだったなんて・・・
そろそろおわりだ。
逃げ出そうとする者も逃がさず壊す!
足下は死体だらけで移動にコツが要る。
たまには足を使う、つま先でアゴを蹴り上げると気持ちいい。
楽しい時間も終わった。
のこり2人になった冒険者が震えながら剣を構えている。
なんだその絶望した顔は。
つまらない。
私はまだ物足りないんだ。
そうだ、
「皆に伝えろ」
棒を下ろし地面に立てる。
だが2人は襲って来ない。
そんなに私が恐いか?
「明日から1人ずつ冒険者を殺す。向かって来た者も殺す。楽しみにしていろ。そう言っておけ」
呆然としている2人。
「判ったか!」
怒鳴る!
「行け」
慌てて走り出す冒険者2人。
門を開いて出て行く冒険者。
門の外には数人冒険者の野次馬が居た様だ。
質問攻めにされるだろう、逃げたいだろうに。
死体の間を歩いて庭の奥へ行く。
一度屋根に跳び乗り、金を拾い上げる。
金、無駄になってしまったじゃないか。
「死んでもよかったんだがな」
私はちょうどいい段差に座って、暫く呆けていた。
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10日後、親衛隊長の処刑が行われた。
はじめは斬首を私がするつもりだった。
だが、あれほどこの手で殺したかったのに、その気が無くなっていた。
ただ座る男を斬るのが酷くつまらなく思えた。
私はただ斬られる姿をじっと見ているだけだった。
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親衛隊長は権利欲のかたまりだった。そして才能もあった。本人曰く努力だそうだ。
この国で王を超える権力を持とうとしていた。
彼は田舎の村と町を冒険者に制圧させる計画を立てていた。
作るのは独立国。
だが、自身は外から見ている立場を取る。あくまで親衛隊長としての立場を取る。冒険者との対立を利用して軍での立場を更にあげる。
農園を攻める時は農民は殺さない計画だった。
あくまで追い出しだ。
それは慈悲ではなく、食料の需要を落とさないため。
食べる人は減らない。作る人は減る。物の値段は当然上がる。国の食料事情が苦しくなれば払い出しをするのは国だ。非常時の国の払い出しも親衛隊長の協力者に吸い上げられる。
その為に自分の愛人達に物を仕入れて貯めさせた。利益を彼女らに与える。それはユキオとしての愛の形。
年を越せば物はもっと苦しくなる。
親衛隊長は他所の国のギルド迄も仕入れに利用するつもりだった。
制圧した村で冒険者に農業は勤まるだろうか?
だが、出来ても出来なくてもどちらでも良かった。
国として独立出来ればまた裏で操る自分が強くなる。失敗したなら、今度は同じ作戦を他の国で起こし、商売をする。
その国のギルドにはその為に商売に一口噛ませておいた。親衛隊長の力はどんどん強くなる。
そういう企みだった。
ギルド員も安全圏に居て、危険な役は冒険者を使う。
商家も安全圏で傍観者面の算段だった。
ただ、親衛隊長のもうひとつの狙い。
いや、こっちが本命だったかもしれない。
冒険者を軍に殺させるというもの。
冒険者に国は及び腰だった。国はなかなか事を起こしてはくれなかった。
数年前の事案が軍のトラウマになり全面衝突はそれ以来無い。
これはギルドにも商家にも内緒だった。教えたのはイブが最初だった。
幼い頃から冒険者を恨んでいた。母を殺された恨みが数十年経っても消えなかった。裏でギルドや冒険者と絡む事が有っても恨みは消えなかった。
だから自身は冒険者の前には顔を出さず、いざとなったら村を占有する冒険者を攻撃出来る親衛隊長の立場を捨てなかった。
軍と冒険者が対峙したらどうなったかは判らない。
軍が攻めあぐねる?冒険者が全滅する?
親衛隊長はどちらを望んだのだろう?
どこかで少しずつボロが出た。
何処かで少しずつ歯車が狂った。
計画は失敗した。
だがイブが、
「冒険者は任せろ」
と言ったので親衛隊長は満足していた。
驚くほど従順になり調書は35冊にものぼった。隠し事をしなくなっただけではない、彼の記憶量が膨大すぎるからだ。彼はある種の天才だったのだ。
エルザへの襲撃はギルドの独断だった。奴らは手柄を焦ったのだ。
貸し馬屋の娘の誘拐もギルドの犯行。親衛隊長は『招待』されたと。
ジンの襲撃は『6』と親衛隊長の依頼だった。
いくつかのギルドと、いくつかの商家と、軍を動かして国を脅かす親衛隊長の企みは消えた。
逮捕者は相当出た。
行政処分対象も相当出た。
そして数ヶ月後、ジャージャー国からギルドが消え、冒険者が居なくなった。
討伐された者と逮捕された者と国から逃げた者が居る。
皆、1人の女を恐れたのだ。
町に村に平和が訪れた。
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年が明け、王宮での新年の祝賀祭。
王宮では勇士隊隊長イブ・720が立っていた。
イブは恭しく、王族と議員と軍幹部の賛辞を貰う。
この日、イブに
『 勇 者 』
の称号が与えられた。
子孫を残せない勇士の家に貴族待遇は要らない。
あくまで個人に与えられる称号。
ジャージャー国の歴史上、初の『勇者』の誕生だった。
これでこのエピソードは終わりです。
完結ではありません。




