その53 ユキオ対イブ
暗い小路を抜け、目的の商家の別宅に入る。
明日は作戦決行の日。
皆、集まっている筈。
色々有ったが遂に明日だ。
目的の部屋に入る。
ドアを開け、目に入ったのは無数の死体だった。
何が起きた!
町や外は平穏だった。
此所だけが異変が起きている。
そして、
「待っていたよ、親衛隊長」
斜め後ろから女の声がする。
この声は知っている。
女は腕を組んだまま足でドアを乱暴に閉め、更にこう言った。
「まあ、座れよ。1度だけ話をしよう」
駄目だ。
この女は危険だ、戦った所で勝てはしない。
床に転がる死体は私のしようとした事がバレている証拠だ。
今日迄周到に準備をし、投資をして、お互いの絆を確かめ、明日からの戦いをする筈だった仲間。
すべて死んでしまった。
しかも、1人も漏れが無いと来た。
死体はやけに出血が無い。
そうか。その棒か。
詰んだか。
「座れ」
2度目の命令が来た。
私は空いている椅子に座る。
他のいくつかの椅子は壊れている。
机は無事だ。
怪力で皆殺されたのか。
息が有って胸が上下しているものが居ないか目で探ったが生き残りはいなそうだ。
イブ・720
手に入らなかった女。
手には鉄の棒。
「少し待て」
イブは鉄の棒を水平に構え、廊下側の壁を貫いた!
壁越しにも聞こえる男の断末魔。
壁から棒を引き抜くイブ。
間髪居れず、別の位置からまた棒を突き刺す。
また断末魔。声が先ほどと違う。
棒を引き抜き、付いた血を足下の死体からはぎ取った布で拭き、その布を壁に空いた穴に詰める。
確認せずにかすかな気配で来た男を刺した?
いや、まさか・・・
躊躇しない女。
コイツはヤバい。
「確認はしないのか」
「心配ない、心臓を刺した。死んだのはムルカ・677とダグ・120だ。
こいつらは昔から私を覗いていた。いつか殺すつもりだったから良い機会だ」
殺したのは2人か!
壁越しに何も見ていない筈なのに相手を特定して心臓を貫く!
ムルカとダグはイブの監視をさせていた親衛隊の部下。
そして、私の親派、裏の行動を共にする大事な部下。
私は勇士の力を見誤っていたらしい。
アーサーの戦いを見て安心していた『勇士は大した事無い』と。
態々勇士をおびき出してギルド達と勇士の戦いを見た。
あの時のアーサーはただ力が強いだけだった。狭い家屋では刀を振り回すだけで、見ていたこっちはがっかりだった。こんなものに村で負けたのか。
あれは勇士の戦力でなく、彼等の戦略のお陰だと判断した。
今、目の前に居るコイツはアーサーとは次元が違う!
なんて奴を相手にしてしまったのだ。
知った所でもう遅過ぎた。
「ひょっとして他の者もか?」
「ああ、ギルドの三階と材木倉庫ならもう終わらせて来た。あとはお前だけだ」
なんてことだ。
本当に全て終わってしまった。
明日の決起した際の隊長達。
殺された者は皆裁判になれば死刑になる者ばかりだが、事を起こす前に全て葬られている。
それはつまり、
「例の物を貰ったのか?」
「ああ、今日からだ」
彼女は空いてる椅子にどっかと腰を下ろしてこっちを見た。
顔に傷さえなければ良い女なんだが。
「勇士特権か」
こんな狂った女に与えたのか・・・
「貴方が失敗したんだよ。アーサーを王都に閉じ込めるように言うから。だから私が隊長になった。いままではアーサーの権限で動いていたが、今日からは私の権限だ。私はアーサー程甘くはないぞ。
貴様は各地のギルドと商家を使って大それた事をしようとしたが、もう終わりだ。 雑魚には私の部下が向かった。貴方の枝の多さには驚いたよ」
この分だと私の協力者だった商家や名家も知られてしまっている。家が駄目でも女達が無事だと良いが。
女達はかつては恋人だが歳を取った今は大事な同士。
「冒険者はどうする?相当の数が居るぞ」
「冒険者か。楽しみにしている。会うのが待ち遠しいよ」
・・・狂ってる。
「話とはなんだ」
そうだ。
話をする為に私は生かされている。
「答えてもらおう。何故ジンを殺そうとした」
ジンか。
お前の関心事はやはりそれか。
その男の殺害失敗辺りから全てがおかしくなった。
「邪魔だったからだよ」
「邪魔とは何の邪魔だと?」
「私の妻になる女に恋人は要らないだろう」
「私がか?馬鹿げている」
不機嫌そうだ。
だが、座ったままで動かない。
「魔国が現れて、勇士の話が来て私の計画も随分変わったよ。魔族が友好的かつ不可侵的だったから、勇士の力を誰が持つかが重要だった。 魔族相手に戦わないなら人間同士への戦力になるのは解りきっている。
私はこの国で高い地位を苦労して築いたが、勇士隊なんて物ができたら敵わない相手ができてしまう。
私は王族にはならないが、この国の支配者になるつもりだった。議会でも少しずつ私の力が強くなり、良い所迄来ていたのだ。議会が有るこの国では王よりも議会の方が強い。
だが、勇士という力が現れた。それを王族が持つというのだ。圧倒的な力が有れば議会より王族が強くなる。
それなら私も欲しい。勇士手術第一号に私の部下を提案したが、拒否されてしまった。
『お試し』に誰かから先に手術するのは当然だろうに、ぶっつけ本番でまさか第2王子から手術するとはな。
次に考えたのは、お前を私の部下にする事。大きな力を一カ所に集めるのは良く無いと言ってな。アーサーに対する抑止力として勇士を1人引き離す。これは議会でも取り上げられた。
議事は進まず親王派と慎重派の言い争いは終わる気配がなかった。
お前を私の部下にする。そして最終的にはお前を私の妻にする事が目的だった」
「馬鹿げた事を。
私は人間ではないのだぞ。妊娠もできない女をか」
「ああ、そうだ。
そもそも禁止されたのは『妊娠』だけだ。婚姻をさせなかったのは『方針』だからだ」
「じゃあ、ジンが田舎にとばされたのは」
「私が議会に提案した。アーサーは反対してたがな。
お陰でアーサーとエルザ嬢の結婚も見送られたよ。君に義理立てしたんだろう」
「何て事を」
目の前の女は明らかに怒っている。
自分の事よりもエルザ嬢の事を思ったか。
「君を最終的に私の妻にするのが目的だった。
王家に対抗し得る力は必要だ。それに私にも妻は必要だ。君も知っているだろうが、私には愛人が沢山居る。
皆大事な女達だ。誰か1人を贔屓してはならない。
そこで君だ。
子を成せない、抱く事も出来ない女を娶る。
当然妻にしたならば大事にする。
それに君ならば私の協力者との関係は崩れない。どの女にも関係しない養子もとれる。私は血縁など重要だとは思っていない。そもそも私も『9』の養子だ。
先ずはジン君からこの世を去ってもらう事にした。妻に恋人は要らないからね。
だが、失敗した。そこから色々おかしくなって来た。 ひょっとして賊から情報を聞き出したのかね?」
「ああ。私は有る程度人の心が読めるんだよ。
こうして話してる今も、なにが嘘で何が本当か手に取るように解る。壁越しだとしてもな。だから尋問なんて訳ない」
「どおりで情報が漏れる訳だ。裏切り者は居なかったのに。私の計画は何処で感づいたのだ?」
「王都にアネッサというメイドが居る。彼女が気付いた」
「アネッサか。やはり彼女は有能だな。私に手すら握らせなかった女だ」
「さてと」
「作戦の事は聞かないのか?」
「それには興味が無い。もうほぼ突き止めてあるし、私の部下は優秀だ。
あとはアーサーが聞く」
「興味がないか」
「それと、私はジンが死んでもジン1人をを愛し続ける。たとえジンが他の者と結婚してもジンを愛し続ける。お前に嫁ぐ事はあり得なかったよ。お前と一緒にしないで欲しい」
「そんな事を堂々と言う奴が居るとはな。ああ、セニンの事は申し訳ないと思っている。女性に怪我をさせるものではない。世間では他人となっているが、あれは私の子だ。すまなかった」
この事だけは謝罪をした。
女性を大事にする。これは本心だ。だから女性を大事にしない冒険者は最期は捨て駒だ。自分が最高権力を持っていたならば、冒険者を粛正したかもしれない。
それは愛する母の為かもしれない。母を襲ったのも恐らくは冒険者だ。
「信じてもらえないかもしれないが、私は騒動を利用して冒険者を大量殺害しようともしたんだ。
仲間には本心は言ってないが。私も奴らは嫌いなんだよ。私の生みの母は冒険者に殺されたからな」
「信じるさ。視れば解る。冒険者は私達に任せろ」
「ああ、そうだったな」
冒険者は彼女に任せよう。
きっと私は死刑になるが、少しは良い事があったな。
冒険者と軍の全面衝突が出来なくなったが、これでいい。
「よくこんな女を妻にしようと思ったな」
「全くだ。顔が良いのに狂ってる」
「今の顔はさんざんだ」
「すまない」
「最期にデートでもしよう」
彼女は私の手足を縛り、窓から私を抱いて暗闇を跳んだ!
こんな恐いデートなら断っておけば良かった。




