その43 増やす?
「セニンが親衛隊長の?」
「ええ、そういう噂が有るんですが」
ユリはメイドにそう言った。
米農園で仕入れたギルド内での噂『セニンの父親は親衛隊長』
ジンを襲ったギルド員を拷問して得た話だが、都会の裏事情に詳しいこのメイドに聞いてみた。
陰の仕事で10年間暗躍したこのメイドなら知ってるかと思ったのだが。
「そう言うのは本人しか真実を知らないでしょうね。彼は独身だけれども男色家には見えないし奥手にも見えないし、可能性はあると思うわ」
「私は見た事はないけれど、彼はイイ男なんですか?それともそのお相手の方がイイ女なんですか?」
2人はこの辺から『親衛隊長』と口にしなくなる。会話に熱中して近寄る人に気付かず聞かれるのを恐れた。
2人とも経験上勘は良い。今の所誰にも聞かれてない。
因にユリの娘シロはあまりその辺は有能でなく、ブランクが出来た今では鈍感とも言って良いレベルだ。
そのシロは今は別所に算数を習いに行っている。
『イヤだ』とだだをこねたが、このメイドに勝てはしない。
そもそも子供が育ったら母親が有る程度教えなければ親の威厳を保てない。
いくら優遇を受けていると言っても名家の嫁じゃないんだから有る程度は自分自身で出来るようにならないと。
「そうね。彼は背も有るしイケメンだし女を口説くのは得意だと思うわ。女の方はあまり器量良しではないわ。性格を加味してもイイ女には入らない。普通に考えれば、惚れたのは女で男の方から愛してはいないんじゃない?その噂が本当だとして、女は財産目当てで利用されたってとこかしら。結婚はしていないけれど相当つぎ込んだんじゃない?今は陰の薄い婿が居る筈」
「可哀想なのは婿ね」
この話は噂と想像と状況証拠から組み立てたものであるが、あり得そうな筋書きだ。
親衛隊長に惚れた『6』の御令嬢は愛に狂って親衛隊長に相当貢いだだろう。
この頃没落寸前だった『9』は可成り持ち直してる。
「その女には弟が居たけれども、病死してるわ。もし婿が『彼』の配下ならもう『6』は彼の財布と言っていいわね。弟は病死だけれども、それまで健康だった筈。『薬』かもね」
「私じゃないわよ」
ユリは即座に言う。
ユリは『薬』をよく使う。
しかし、ユリは上流階級の間に割って入る様な仕事はしていない。
田舎育ちでその世界に入り込めないからだ。どちらかと言えばこのメイドなら出来る。
「それとね、彼は誰の子かしら。顔つきが『9』らしくないわ。案外養子かもね。
『9』はずっと公務の役職も貰えず日陰に居たから、彼が初登庁した時はみんな『誰?』って思ったでしょうね。役職に就くには『6』の推薦も有ったでしょうけど、他にも有った筈。1件の推薦だけじゃ無名の新人は無理が有るわ。他にも愛人が居たか、訳有って配下になった者が居たかね」
「こういう人ってその役職だけで満足するかしら?野望がおさまるとは思わないけど」
「私もそう思う。登る快感を知ってしまったら止まれないわ。あとは彼がギルドにどのくらい我が儘が聞くのかってことね」
「少なくとも幹部会議を平気ですっぽかすくらいの立場は持ってるみたいよ」
「それは随分ね」
「子供の事は愛してたかしら?」
「そうは見えなかったらしいわ。でも邪魔にはしてなかったと思う。側に居ても平気だったんだから」
どうやらメイドの息のかかった者が三勇士隊に居た様だ。
誰も気付いて居なかった・・・
ーーーーーーーーーー
その頃。
王宮で第1王子デイモンと秘密の会談をするアーサー。
部下のユリには会談の間は自由時間を与えた。彼女の行き先はひとつだろう。
現在滞在している西方農園近くの町について話している。当然内容はギルドの勢力拡大と地元憲兵隊の腐敗。そして、ギルドと癒着の可能性が有りそうな親衛隊長について。更にはギルドの息のかかっていそうな商家の動き。
2人は色んな視点から話し合った。
憲兵の腐敗の粛正は国の仕事だが、明らかに駄目な憲兵を外して新兵を入れても、憲兵隊そのものが駄目なら影響されて腐る可能性が大だ。
全入れ替えをするにも『疑い』だけでは駄目だ。
拘束も無く外せば、別に集結して闇報復に走ったり、本格的にギルド入りだろう。
そもそもはギルドを根絶やしにしなければ何も解決しない。
三勇士隊はギルド員と冒険者を数十名粛正した。あのギルドから見れば随分な数だが、他も合わせたギルド界から見れば些細な人数だ。
過去、とあるギルドと軍で全面戦争になった事が有ったが、悲惨だった。
そのギルドは200人程だったが、町に立てこもったのだ。
逃げ遅れた住民と逃げなかった住民が人質になって、軍と睨み合いの状態が続いた。
そのギルドは恐ろしい戦法に出た。
毎日ひとりづつ人質を晒し、要求を突きつけたのだ。
要求は食料だったり武器だったり、兵の首だったりした。
晒される人質は男と老人ばかりだった。
『女』はどういう目に遭ってるかは明らかだった。
日にひとつづつ増える死体。
数体のことも。
そして、軍が町を制圧してそのギルドは滅びた。
だが、町も滅びた。
残ったのはギルド員と冒険者と町の人の死体が500人分だった。
町の外には男と老人の死体。
町の中には女とギルド員と冒険者の死体。
最期の日、冒険者達は兵と戦わず人質を全て斬った。
冒険者は勝ち目の無い兵には立ち向かわない。刃は人質に向いた。
ギルドは制圧出来たが、兵にはトラウマを残し、国民はギルドと冒険者をより恐れるようになった。
以後、軍はギルド相手に強気になれなくなった。
思い詰めたようにデイモンが言う。
「勇士をあと2人増やすか?」
「止めておいた方がいい、所詮数には勝てない。それに、こんな身体になるもんじゃない」
アーサーは本心から思った。




