その42 悪い事
米農園から帰って来たセルゲイ。
王都の三勇士隊本部へ帰る途中に立ち寄ったのだ。
形式通りの挨拶を交わすアーサーとセルゲイ。
「エルザ様は特に問題もなく健康です。ジン君も怪我は落ち着いた様です」
ジンについては怪我は問題なくなった。
あとは麻薬の禁断症状と心の問題が残っているが。
「エルザ様、アーサー様と離ればなれで寂しい御様子です。たまには会いに行っては如何ですか?」
「そうしたい所だが、なかなか上手くいかなくてな」
元はジンの救出、暗殺者の黒幕の捜査の筈だったが、犯罪集団に次々と遭遇する事になり仕事が増えた。
更には王都から戻って来た元ツヤマのユリの報告でギルドの怪しい動きを報告され、益々ここのギルドから目を離せなくなった。
この町のギルドは可成り大手だ。何か大きな悪事を企んでいるならここのギルドが黒幕の可能性はある。
あるいは、黒幕に一番協力しているギルドなのかも知れない。
ギルドは老舗から新規まで沢山有るが、皆どこかで繋がっていると思った方が良いだろう。
ひょっとしたら他国のギルドとも連携が有るかも知れない。盗品や誘拐した女は目の届かない遠方地に売られるから、ギルドの横の繋がりが有るのは当然とも言える。
お陰でエルザとは暫く会えてない。
かといって、米農園にいるエルザとここに居るイブを交代させる訳にも行かない。
イブの様な諜報活動や戦闘はエルザには無理だ。いや、自分にも無理だ・・・無理だった。
「それから・・・」
アーサーが切り出す。
「どう考えてもイブの能力が強い。ひょっとして戦闘でも私よりも強いんじゃないか?」
「それは私には判りません。ご当人で確かめた方が早いでしょう」
「それにイブが普通じゃない。身体じゃなくて性格がだ。手術のせいじゃないのか?」
「それも判りません。でも私から見たら手術の日に現れたイブさんは既に普通では有りませんでしたよ。
確かに仰られるように変わったのかもしれません。そのせいなのか、別の要因のせいなのか彼女があの身体を一番使いこなしています。不得意はありますが」
アーサーはイブの方が能力が強いと思い込んでいた。
アーサーの思った事は『イブの能力が強過ぎて心を変える程の域にいってしまったのでは?』ということ。
自分自身は性格は大きく変わった気がしない。エルザもだ。
だが、今更どうにもならないことだ。
「それから」
セルゲイが話し出す。
「なんだ」
「イブさんをお呼びしましょう。聞こえてますよね?いらして下さい」
「!」
アーサーが驚く。聞こえている筈は無いと思っていた。
でも、聞こえてるとセルゲイは悟っていた。
階段を登る音。
暫くして、ノックの後イブが入って来る。
「聞こえていたのか!」
驚くアーサー。
アーサーの『圏内』にはイブは居なかった。
その外に居たのに聞こえていたのか!
「ええ」
「貴方の首に埋められてる物を取り出してしまいましょう。貴方がフルパワーを使ったら『これ』は壊れてしまいます。そうしたらこれはただの瓦礫です。もう身体も安定して必要ないでしょう。健康診断は時間がかかるようになりますが、それも些細な問題です」
「これが勇士の力の根源ではないのか?」
アーサーは疑問に思った事を聞く。
そもそもジャージャー国の技術力は低く、アーサーはこの装置の事を正しく理解しては居なかった。
「いえ、それは診断機で、取ったからといって力に変わりはありません。手術後の身体の経過情報を測っていただけです。その機械は力には関係しません」
観測者のセルゲイは判っていた。
旧細胞から新細胞への変化が終わっている事。遺伝子の組み換えが終わっている事。代謝を繰り返しても安定している事。ならばこれは只の異物だ。
「折角だから取ってしまいましょう。簡単に終わります。多少痛みますがイブさんなら麻酔無しで我慢出来るでしょう」
「どうする?イブ」
「構わないわ」
イブはこういうとき、自分自身のことでも投げやりだ。
エルザなら『痛み』と聞いただけで半泣きで逃げる。
「では、さっさと済ませましょう。一応、人払いをお願いします。特に男性の」
『男性の』と聞いてアーサーは察した。
ラビィを呼び、番をさせることにした。
ー ー ー ー ー ー
イブの使ってる部屋。
1人の事も有ればラビィと一緒に使う事も有る部屋。
出張先では部屋割りは毎日不規則。
ベッドから普段使ってる布団は下ろされ、稲藁が敷かれその上に古いシーツがかけられている。血の汚れを嫌った為だ。シーツはちゃんと洗濯されているもので、洗濯後の初使用。
部屋にはイブとセルゲイのみ。
横たわるイブは下着姿。
うつ伏せになったイブの首から血が流れる。
小さな物体を細い道具で抜き取るセルゲイ。
シーツは多少汚れたが、簡単に作業は終わってしまった。
物体は小豆程の大きさしかない。
物体を丁寧にしまって鞄に入れるセルゲイ。
「数日血が出ますが、すぐ止まるでしょう。ちょっとした怪我と同じと思って下さい。予備の絆創膏も置いて行きます。今後は今までの首のゴロゴロ感が消えるでしょう」
この国に絆創膏など無い。これだけでも凄い医療技術だ。
ここでセルゲイが本心を出す。
「貴方にはジン君の薬の事で『貸し』があるんですが、ここで返してくれないですか?」
首の機械の取り出しは、イブと2人きりになる口実。機械が壊れるかも知れないのは本当だ。だが、これから求める事が本当の目的。
魔国もジャージャー国も関係ない。しかも言えない。
個人的な欲求。
数分の会話の後、イブは自ら全裸になった。




