その39 レンタル延長
「もし宜しければ、その馬を買い取って欲しいのですが」
店に訪れたラビィは店主の申し入れに戸惑った。
この地方都市に来てから三勇士隊は馬を2頭借りている。
隊が2分され所有の馬だけでは足りないからだ。
この町は三勇士隊にとっては『一時』いるだけの場所。
王都にある本部ならば自由に国有馬が使える。
あいにくこの町では急用の時にはレンタルに頼る。
有る程度の規模の町なら馬を貸し出す業者は大体有る。
この貸し馬屋は20頭ちかくの馬を持つ。
町の南北に2カ所の店が有り、そこで商いをしていた。
ここは北の店。
ラビィは馬の交換に来ていた。
勇士隊は馬の扱いも慣れているが、ここでは馬を飼う環境は整っていない。
数日借りた馬は体調を落とし易いので馬主に返し代わりの馬を借りる。
馬は連続して貸し出されると体調不良になっている事があるので、馬主の元で休養をするのだ。
「もし宜しければ、その馬を買い取って欲しいのですが」
ラビィは困った。
自分の事は軍だとは言っていない。
隊は隠密行動だから。
貸し馬屋には一見さんとして来たので『保証金』を店に預けてある。
『買い取り』となれば追加で払う必要は無く、このまま馬を引いて帰るだけだが判断は隊長に仰がなければならない。
ラビィは素直に聞く。
「何か有ったのですか?」
ラビィに目を合わせない店主。
「お客さん、軍の人でしょう? いやね、そうじゃないかなって思ったんです」
ラビィは答えなかった。
バレている様だが、答える訳にはいかない。
「以前ね、ゴロツキに聞かれたんですよ。『最近軍の奴らが借りてるだろう!』ってね。
色々聞いて来たけれどお客の事は言う訳にはいかないし、そもそも軍だと名乗られた訳じゃないしね。まあ、さんざん酷い事も言われましたよ。最後は殆ど言いがかりだったなあ。頭に来て追い返したら、夜、厩舎の5頭に毒盛られて異変に気がついて駆けつけた時には毒に苦しみ半死半生の状態でしたわ。
泣く泣く馬達を楽にしてやりましたわ。でも、なかなか楽になってくれんのです、身体がおおきいから。
辛かった。娘なんて泣いてましたわ。奴ら、ワザと半殺しにしたんですわ、わしらが辛くなるように」
「それは」
言おうとしたが言えなかった。
自分たちのとばっちりがこの人達に向いてしまったのだ。
悪いのはゴロツキだろうが、引き金を引いたのは三勇士隊と言えなくも無い。
「もうひとつの店の馬もやられて、残ったのは貸し出してた6頭。コイツがそのうちの一頭」
店主はラビィの連れて来た馬を撫でた。
「油断してたよ。ギルドもお得意様だからわしらには手を出さないかと思ってたんだけど甘かった。
たぶん、ギルドの仕事じゃなくてアイツらが勝手にやったんだろう。まあ、ギルドがアイツらを責める訳無い。それどころか黙認だろうな。
それに5頭の訳が無い。6頭いたはず。1頭肉屋に売られたかもしれない。」
音がしたのでそちらを見ると、従業員の馬飼い達が死んだ馬を台車で引いていた。
馬は重い。
相当ゴツイ貨車でないと運べない。それに、貨車に積むのは相当大変だろう。
今、運び出しに使っている馬は貸し出しから戻って来た馬か。
ラビィは詫びたい気持ちが高まったが、言う訳にはいかない。
バレてるとはいっても、素性は言えない。本心を押し殺し、ラビィは馬を連れ帰る事にした。
判断は隊長に仰ぐ。
「とりあえず、馬は連れて帰ります。後でもう一度来ます」
この店はどうなるのだろう?
店主はどうするのだろう?
恐らくは廃業して町を出るだろう。ギルドや冒険者とトラブルになったら町には居れない。
死んだ馬は毒を盛られたから食用にも使えない重いゴミになってしまった。
店と厩舎は?
ギルドの手のかかった土地屋が来そうだ。きっと買いたたかれるな。一度酷い目をみているので逆らえないだろう。
店主達は残った馬を連れ別の町に居を移し、馬を使う仕事を探すか、馬を売って当座の生活費にするしかない。従業員の馬飼いはそのまま失業だろう。
この馬から我々の拠点や素性はバレてるだろうか?
もうバレてるかもしれない。店主が気付いてたくらいだから。軍の中でもどの隊かは知らないだろうが。
冒険者は直接『軍』に攻めては来ないだろう。責めるなら弱い物相手だ。だから貸し馬屋がやられた。
冒険者はギルドの命令でない限り危険には近寄らない。そういう連中だ。
ー ー ー ー ー ー
戻ったラビィは隊長に貸し馬屋でのことを全て報告した。
苦悩の表情をする隊長。
徐々に人が集まる。
ドアの横で腕を組んで無表情で聞くイブ。
馬を預けた男性隊員も遅れてくる。
そして、もう1人。
短髪黒髪の女性が隊長の横に。
だれ?
見覚えがある。隊長もその女性と会話をしている。だれだっけ?思い出せない。そしてその女性が喋る。
「これで終わる訳ないわ。
奴らはこういうとき、又嫌がらせするわよ。飽きるまで止めないんだから。
すぐ店主にもう一度会いに行った方がいいわ。もう、なにかされてるかもしれない。ラビィ、もう1人連れてもう一度店に行って!」
私の名を呼ぶ。
え?
誰だったけ?
「ぷっ!ラビィ忘れたの?馬にも一緒に乗ったのに」
イブが呆れてる。
あ!
ユリ!(元ツヤマ)
「もしかして、ユリさん?」
「なに?今頃になって」
「あれ、髪が黒い」
「ああ、そうか。
私の本当の髪の色はこの色。これだけで判らなくなるとはね。しっかりして!」
怒られた。
やはり私は部下になってしまった。既に扱いがそうだ。正確にはユリは隊長の側近。
「だいたい放し飼いの冒険者の嫌がらせなら、やる事は数パターンしか無いわ。
金か女かリンチよ」
「でしょうね」
イブが同意する。
ユリが机に地図を広げる。
「イブ様。奴らが強姦部屋に使う所はどこ?」
「ここと、ここと・・・・・・」
イブが数カ所示す。
どうやって調べたんだろう?
見たのが強姦している最中だったなら,イブは飛び込んでいる筈。
ということは、『場所を見ただけで判断出来る』のか。謎だ。
「ここと、ここは無いわね。ここはギルド直営だろうから」
数カ所除外するユリさん。
凄い!
「ラビィ、早く行って!
一番危険なのは娘よ。攫われてたら、1人は憲兵隊に報告に行って。巡回する憲兵じゃなく詰め所に行って」
憲兵なんてアテにならないのに・・・
むしろ邪魔な存在の憲兵。
ユリが隊長に向く。
「これでいいですね?」
「ああ」
ー ー ー ー ー ー
ラビィを含む3人は再び貸し馬屋に。
「大変だ!娘が攫われた!」
ユリの言う通りだった。