その38 遠距離
イブはラビィを連れて河原に来た。
イブは今、川の対岸に向けて小石を投げている。
川はそれほど広い訳ではないが河川敷は広い。川と河川敷は他の土地より低くなっているので、周囲の住民からは見られることがない。
その目立たない環境でイブは石を投げる練習をしている。投げる距離を稼ぎたければ、斜めに目標をとればいい。
何処にでも手に入り、携帯も容易で、上手く使えば武器になる石。
将来を考えての今の練習なのだが・・・・
ここを練習場所に選んだ本当の理由。
イブの投石フォームが良く無いからだ。いや、ストレートに言うなら、格好わるくて恥ずかしいから。
投げるフォームが、女の子にありがちな『へんなうごき』
どうも上手くいかない。
ラビィは程々よかった。
男みたいにはいかないが、真っすぐ飛ぶ。
なによりかっこいい。
でもイブが上手くいかない。
イブは昔から運動神経は良く割となんでも出来たのだけれど、球技はした事が無かった。
女性に不利な筋力、とりわけ一番重要な握力も有る訳だから問題は無い筈なのに、20年間の動きの癖が抜けない。変な猫手が可愛すぎる。
戦っている時のイブは鬼神の様に括弧良い姿だが、可愛らしい猫手で石を投げたら台無しだ。
ずぱーん!と、イブのパワーで石を狙いどおりに打ち込めれば強力な武器になる。
格好良ければなお良し。2人はそう思っていた。
見本にラビィが投げて、真後ろでイブがフォームのトレースしたりしてみるもなかなか進歩しない。
2人は何時間も練習を続けた。しかしあまり得る物はなかった。
そもそもが知識不足だった。
イブの筋力が10倍と仮定して、石の速度が10倍の速度になるかと言ったらならない。
物理学が発達していないジャージャー国。
10倍のパワーが有っても速度は3倍程度にしかならない事を2人は知らなかった。
しかも、パワーこそあれど、筋肉のスピードが3倍にまではならないだろう。つまりは3倍の速度すら出せない。
解決策は石の速度を増やす事ではなく、石の大きさを増やす事。
だが、石を大きくして、それを投げるイブの筋力には問題は無いが、イブの体重が軽過ぎてフォームがブレる。命中率は良く無いだろう。
そんな事は2人は知らなかった。
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アーサーの元に本部から使いが来る。
頼んでいた物が届いた事に喜ぶアーサー。それはアーサーが発注していた『強弓』だった。
勇士の筋力に合わせて作った試作品。
「早く試したい!」
本音だった。
持った。とにかく硬い!
寸法は従来のものと変わりはない。
アーサーは7〜9倍の硬さの弓を注文したが、届いたのは6倍程度の硬さだった。しかし、従来の物しか触ってないとこれでも相当硬く感じる。
弓屋も今まで人間の力に合わせた作り方と素材選びをしていたので、注文の性能を出す術をしらなかった。
この弓本体は数段重ねになっている。そうしないとしなりが出ないからだという。
恐らくは、これからが本当の開発の日々。
今まで無視していた素材も洗い直さなければいけないだろう。
何より弦が大変だ。
届いたのは3人分。
アーサー、エルザ、イブ。
それぞれの名前も焼き印してある。
アーサーにとっては必需品。
アーサー自身は最大の戦力であるが、アーサーは戦場の中心には行く訳にはいかない。自身が司令官だからだ。
あくまで冷静になれる場所にいないといけない。
だが、自身も戦力である事は変わりない。
そこで強弓だ。
アーサーは勇士になる前から王族として英才教育を受けている。
当然弓も使える。
エルザはこれからだ。
人間の時は駄目だったが、勇士になってからは強くなった身体のお陰で弓を引けるようになった。
練習すれば程々よくなるだろう。
困ったのはイブだ。
人間時代から女性としては素晴らしい運動神経の持ち主のイブ。
弓も程々上手かった。
勇士選考会では女性の中ではトップ。男性と比べても中堅レベルの得点を出した。
だが、三勇士隊に来て全てが一変した。
原因はセニンだ。
イブは右利き。弓を構えると左目が重要だ。
セニンに蹴られて左目の視力が落ちている。
両目を使っても乱視で上手くいかない。
死んでもまだイブを苦しめるセニン。
セニンさえ居なければ、イブは弓も使えて最強の戦士になっていたかもしれない。
「どうせ当たらないなら・・・」
イブが投石の練習を始めたのもこれに原因が有る。
命中率が良く無いなら、飛ばすのは矢だろうが石だろうが構わない。
石なら突入時にも持って行ける。
白兵戦では圧倒的な強さを持つイブ。
長距離では今の所なにも良い所がない。
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イブが詰め所に戻ると、アーサーから心材入りのソフトケースに入れられた弓を渡される。
随分前にオーダーされた弓。
窓に寄りかかり、ケースから弓を出す。
弦は外してある。
試作品としては美しい。
イブの名前が焼き入れられている。
イブは弓を使わないかもしれない。
使う事も有るかもしれない。
使う回数は少ないだろう。
多分次の弓は必要ない。
ラビィが夕食に呼びに来る。
すぐ行くと答える。
まだ弓を眺めるイブ。
我が儘を言って入れて貰ったネーム。
愛おしく指で撫でる。
『 イブ・640 』