その32 たまには母親ぶったっていいじゃない!
イブ様と別れた後、走って娘達の後を追った。
一度町のギルド員の家に行き、『部下だけではマズい。私も行く』と告げて街道に向かった。
家の入り口で私の説明を聞いたギルド員は一瞬だけ喜んだが、また諦めた様な顔に戻っていった。
一瞬喜んだのは、私が再度仕事を引き受けて、ギルド員の顔が立ったから。
諦めた表情になったのは・・・・死体の数がひとつ増えるだけだと知っているからだろう。
今日を限りに、暗殺者ツヤマ、諜報員ツヤマ、傭兵ツヤマは廃業だ。明日からは第2王子の駒だ。
だが、今だけはあの子の母親として生きたい。
あの子も仕事で何人も手にかけた。今更守りたいなんて綺麗事を掛けられる人間じゃない。
だが、私にとってたった1人の娘だ。私は暗殺者をやめる。あの子もこれ以上して欲しく無い。
そもそもなって欲しく無かった。私だって生きる為にしていただけだ!
生きる為、ギルドに狙われるよりは加護される立場の方が生き延びれるからしていただけだ。
ひとつのギルドと馴れ合いが出来ると抜け出せなくなるからフリーを貫いた。いくつものギルドと繋がりが有る事を見せて、防衛線を張った。
私には守るものがいたから。
私の仕事を知った娘は私を自慢だと言った。そうじゃない!腕の立つ私を娘は自慢だと言ってくれた。間違っている!この世界で腕が一番立つ奴は一番ひとでなしだ!
これから娘達に追いつき、仕事を止めさせる。
私にギルドから付き添いが付かなかったのは都合が良かった。いや、そんな人的余裕が無いんだろう。だが多分娘達には案内が付いた筈だ。
急いで街道を農園に向かう。
「ツヤマ様!」
後から来た馬に乗る娘の声に呼び止められる。イブ様では無い。
娘は男装をしていた。まあ、あの町では馬に乗る女は目立ち過ぎる。
「イブの使いのラビィと申します。急ぎましょう、お乗り下さい」
ラビィと名乗る娘は鞍の後ろを空けて、手を私に延ばした。後ろに乗れというのか。よりによって殺し屋に背後を渡すとは。後ろから首を刈られるとは思わないのか。
「不用心過ぎではないのか?殺し屋だぞ私は」
「イブは貴方を信用しましたから、私も倣います。斬るならどうぞ」
変わらず手を差し出すラビィという女。私は手を取り、鐙の端を引っかけ、女の後ろに乗った。一息おいて馬は駆けだす。
「あきれた奴だ。信用するにしても早過ぎだ。もっと時間をかけるべきだろう」
「時間をかけたと言っていい訳じゃ有りません。時間が経つと気が変わる事だってあるでしょう。それに、イブの目利きはいつも正しい。イブに嘘は通用しない。イブが貴方を信じるというなら私も信じる」
大した自信だ。
確かに、アレは凄かった。嘘を見破るどころじゃない。体調までいいあてるんだからな。力が強いだけじゃない。頭の中と身体の中まで筒抜けじゃどうにもならん。
「それでどうするんだ?言われた通りに町を出たが」
「貴方には私達を襲撃して失敗し、行方不明になってもらいます。その方が都合がいいでしょう」
「それはそうだ。で、どうするんだ?私が部下を説得するのか?」
「いえ、見届けてもらうだけでいいです。私達が約束を守る所を確認してもらいます。それに、母親に言われると娘は意固地になって失敗します」
それもそうか。
忘れていたよ。
私も若い頃は意地っ張りだったな。
どんなに正しい事でも上から言われると反発するものだ。あれでしなくていい失敗を結構したな。
「それで、イブ様はどこに?」
「自身で走って行かれました」
「は?」
「運動不足を解消したいと。もうすぐ追い付いてくると思います」
は?
馬に追い付くというのか?
確かに馬も常に全力で駆ける訳ではないが、人の足で追い付けるものではない。確かに2人乗りになってから馬の速度は落ちている。だからといって、いくらなんでも・・・
暫く進むと行く先に、道端に座る女性が居る。
ラビィと同じような色気のない男装のような衣装。顔にはフード。肩に掛ける長い棒。
馬が近づくと、道端の女が手を挙げる。
イブ様?
なんでここに?
後ろに居るのでは?
追い越された?
「ラビィ、止まって」
「イブ、どうやって私達の前に?」
「ああ、橋を渡らずに最短で来たから。近道よ」
「ああ、道理で」
途中川があり、それを渡る橋を通るとかなり曲がった道のりになる。
川を直接渡るなら道のりは半分程になる・・・が、どうやって越えた!
そしてそれを聞いて疑問を持たないラビィもオカシイ。
「この先に目的の集団が居る。休憩中だ」
「本当に?どうするの?」
「任せて。ラビィは見つからないようにね」
何のためらいも無くラビィに答えるイブ様。
「それよりツヤマ殿」
今度は私に来た。
緊張する。聞かれる事は想像つくが、聞いてから答えることにする。
「もうひとりの部下はどうする?」
私の娘は生きたまま確保する気だろう。ギルド員は殺されるのだろうか?まあそうだろう。
問題は私のもうひとりの部下。
「ツヤマ殿はあの男のことを嫌いなのでしょう」
図星だ!
誰にも話したことがない私の本心。娘と同行するあの男は大嫌いだ。
「よく解りましたね」
「ええ。嫌な男の匂いがプンプンします。私も嫌いです」
ははっ。話したこともないのに『嫌い』か。その不思議な能力に驚くよりも、嫌いな事を共感して貰った事が嬉しい。誰にも相談出来なかった私の悩み。まさか娘とたいして変わらない娘達に言うことになるとは。
涙が出るよ。
「そうだな。どうしたらいいんだろうね?
あの男はロクでもない男だよ。もっとも殺し屋でマトモな奴なんて居ないがね。娘はあの男にいれ込んでる。私からみたら、あの男は娘を利用して私に近づいたグズだ。とてもあの子に惚れてるようには見えないね。私も年齢的にもう強くは無い、しかも女だしな。返り討ちにあってくたばる日も近いだろう。
私が死んだ後で仕事と名声だけ横取りする気だろう。まあ、こんなのは珍しくないよ。私はアイツを葬ったって構わないと思っている。だけど、そんな事をして娘に恨まれるのは辛い」
この世界、仕事中に師や同僚が失敗したら生き残った者が全てを手にするのはよく有る。
仕事で半死なら味方でトドメを刺すのも当たり前だ。それをいいことに味方同士の殺しも有る。体力が下り始めた暗殺者に押し掛け弟子が来る時は気をつけた方がいい。
本来ならあんな男を部下にはしないが、娘が攻略されたから仕方なく追い払わなかった。父親の顔を見せられない私が娘にどんな説教を出来るというのか。
「イブ、どうするの?」
「あの男は要らない、殺すかもしれない。ツヤマ殿が殺すよりは私の方がいいでしょ」
まあ、そうだろうな。
一応聞く。
「私はどうしたらいい?」
「何もしなくてもいい。ただ、どうなるかは判らない。でも娘さんは大丈夫」
「そう・・・」
「ラビィ、剣貸して。終わったら返すから」
ラビィはイブ様に剣を差し出す。
鞘のままだけど、反りの具合から片刃だ。女なら両手持ちのサイズ。というか、イブ様は剣を持っていなかったのか!その事に驚いた。
「持ってて」
イブ様はラビィに『棒』を渡した。赤茶な棒。
「持ってみる?」
ラビィは私に棒を差し出した。身の丈より少し長く色は赤茶。天秤棒よりは細い。
受け取る、重い!
鉄か!
こんなもの持って走って来たのか!川を跳んだのか?いつも振り回してるのか!
「イブを怒らせないようにね!」
「肝に銘じよう・・・」
ん?
ではなぜ剣が必要なのだ?
棒に刃が無くても力が有れば薙刀のような使い方や打ち込みで戦える筈。
イブ様はフードを取り、娘達の方へ歩いて行った。