その31 話をする時は相手を見ましょう
ツヤマは昼食を宿で食べていた。
外を出歩く気は無かった。
部下2人は止めたのに行ってしまった。自分自身は行く気は無い。
若い2人は諦める事を知らない。成功のイメージを胸に突き進む。成功のイメージは大事だ。失敗を恐れていては成功は手に入らないとよく言われる。
だがそれと同時に見極める事も重要だ。2人は『勇士を倒す』という名声を欲しがったんだろう。
勇士は三人居るという。
最初の一人を倒した者に輝く栄光は素晴らしいだろう。二番目では駄目なのだ。
女将に頼んで作ってもらった鳥料理が美味い。
朝のうちに頼んでおいた鳥料理。閑古鳥が鳴いている宿では肉を仕入れる資金も大変だろう。私は前もって余分に払っておいたので大丈夫な筈だ。
今日は何もせず過ごす。
仕事を断ったのでギルドには恨まれてるかもしれないが、部下2人が行ったので体面は保っている。する事と言えば、暇を潰しながら仕事の結果を待つだけだ。
恐らく敵わないだろう。
尻尾を巻いて逃げ帰ってくるならいい方だ。
殺されてしまったら?
残念だがここまでという事だ。死んでも構わないと思っている訳ではない。
一番マズいのは半殺しにされて捕縛された時だ。救出するか、口封じをしなければならない。我々はいくつも仕事をこなして来た。色んな依頼主の秘密を知っている。どんな相手だろうがそれは言ってはいけない。
もしもの時は私が口を塞がなければ・・・
私の存在は敵にバレている。もうじたばたしてもしょうがないだろう。依頼を受けないでいる事は敵はもう知っているだろう。
多分私は襲われない。そう思った。いや、籠の鳥というのが正解か。奴らはきっと私をいつでも殺せる。
食事を終え二階の部屋に戻る。
ドアを開けようとする時にふと思う。また手紙が有ったりしてな。
ドアを開けると、女が居た。
しかもこちらに背を向けて椅子に座っている。
あまりに不自然。
あまりに無警戒。
あまりに不気味。
「お邪魔しているよツヤマさん。後ろ向きで失礼」
「何者だ。いや、聞くまでもないか」
暗殺と戦闘を得意とする私に向かって、後ろ向きに出迎えるとはどれだけの自信が有るんだ!
聞くまでもなく、三勇士のうちの一人だろう。
よりによって女か。
「折角貴方が来ると思って楽しみにしてたのに残念です。ああ、そのポケットのナイフよりもブーツの中の投げナイフの方がいいですよ?遠慮なく手に持って下さい」
どういう事だ!
女は一度もこちらを見ていない。何故解る?
「大した自信だな」
「貴方程度なら5人同時に相手しますよ?」
なんだと!
いや、試してはいけない。短気は身を滅ぼす。
怒りを抑えて会話をする。
「何の用だ?」
そうだ、そもそも何しに来た?殺すならもう殺しているだろう。
「隊長に貴方の事を言ったら『捕らえてこい』と言うんですよ。私としては貴方を殺してしまいたかったのですが、止められました。隊長の意向により殺さないということです。一度、廃業してこちらに協力してくれるなら、条件付きで雇ってもいいと。隊長から手紙も預かってきました」
見ると机に巻き手紙が置いてある。
巻き手紙は紐で留められ、結び目にロウと印がしてある。
こりゃ、貴族様か・・・ああ、隊長は第2王子だったな。
手紙の内容は、王家の特権により身の安全、条件付きで隊員として扱う。代わりに忠誠を誓ってもらうというもの。
ははは。
つまりは、手駒になれと。そして、私の持つ情報を全て差し出せと。
今までの自分のした事を思えば捕まれば拷問と死刑だ。
そして今問われているのは、YesかNoの2択。
Yesなら、この国の駒に。
言ってはいけない情報も差し出す。暗殺者としては不名誉極まりない。
Noなら死が待っているだろう。本来ならこちらを選ぶ。
「来てくれるというなら、貴方の娘も生かしておこう」
「何の事だ?私に娘は居ない」
「隠していても解ったよ。農園に向かった2人のうち1人は貴方の娘だね?腹を痛めて産んだ子だ。人殺しだとしても死なせたくは無いだろう?」
バレている!
私の頭に嫌な感触が走った!娘が暗殺者になってからは親子でなく、同業として接して来た。隙を見せない為に。誰も今まで見破る事はなかったのに!
どんなに冷たく接していても、心の奥ではあの子を愛している!
いつどちらが死ぬとも限らない生活をしているが、いつもあの子の無事を祈っていた!
「あの2人は私に会いに農園に向かっているが、殺されて山に捨てられるだけだ。このままなら私も生かすつもりは無い。私の大事な者を殺しに行くのだからな。だが、生かす事も出来る、貴方次第だ」
解っている。死を選ぶのが暗殺者として正しい事を。
まだ、選びきれない!
更に言葉の波が来る。
「悪い話ではないと思うが。貴方が義理立てしてきた『ギルド』は近く消え去る。私がひとつ残らず潰すから」
とてつもない事をいう。
憲兵もギルドに逆らえず、軍でさえ出来るかどうか解らないことを言う女。私はまだこの女の戦ってる姿すら見ていないというのに。だが、今までの情報と状況でこの女がヤバいのは解る!
いかん!、胃が痛くなってくた、プレッシャーがキツい。
「ああ、胃が痛いのか。早く楽になったら?」
!
驚いた・・・
降伏だ・・・
「従おう」
私の降伏宣言を聞いた女は椅子から立ち上がり、私の方を向いた。
「初めましてですね。私はイブ」
顔が半分壊れた女が居た。
「ツヤマです」
私は忠誠を誓う相手への礼をした。
ツヤマは中年女性です。