その29 欠席は良く無いです
「奴は来ないのか?」
「ああ。今日も来ない」
「役に立たんな」
「奴のことは後で考えよう。逃げる事は出来ない」
「それで、村からの情報を聞こう」
ここはギルドの会議室。
豪華な建物、豪華な造りの部屋、町で一番贅沢な施設はギルドだ。ギルドは国に税金を少ししか払っていない。ギルドの規模も正しく申告していないし、事業規模も半分以下どころか1割程度で申告している。それもそうだ。雇っている冒険者は戸籍もないし、現金取引。仕事内容も『黒い仕事』が殆んどだ。
なのに憲兵は手を出せない。なにかすれば憲兵や憲兵の家族が不審死する。
ギルドの重役数名にそれぞれの側近と護衛で20人程が居る。
米農園から上がって来た情報を町のギルド員が述べている所だ。
農園から来た諜報員は、もう村に帰された。
一通りの報告が終わると、町のギルド員は別室に引く。
引く彼にも見張りの職員が付く。
「今回は失敗だな。最近、王都からの憲兵が来て、『花売り』が次々と逮捕されてるだろう。恐らくは刺客から漏れた情報のせいだ」
「『花売り』か。誰が居た?」
職員が質問に対し資料をみながら答える。
「『花売り』に関係する者は、エノ、ワタル、トモヤスです。今までの王都の憲兵隊の行き先から見て、捕虜になったのはワタルだと思われます。なにより、ワタルの妹のヨーコが真っ先に逮捕されてます。しかも、昨日の夜、ワタルの商品で遊んでいた冒険者が6人捕まりました。恐らく捕虜はワタルかと」
「そうか。もう1人はわからないか?」
「わかりません」
「王都の憲兵とは厄介だな」
「ああ、ここの憲兵のことは見抜かれてるな」
「農園からの報告者を1人逃したのがマズかった。相当腕が立つ相手だったらしい。ただの派遣じゃないな」
「ああ。派遣にしては強すぎる。しかも三勇士隊まで出てくるとは。我々はマズい事になっているな」
「ああ、失敗が多すぎる。いい加減奴らも我々のことは判っているだろう。なぜ、攻めて来ない?奴らは43人を躊躇無く殺すんだぞ?手加減なんかしてくれる奴らじゃない」
「それは解らない。でもこのまま終わる訳が無い。少なくとも我々に手を出したく無くなるくらいの思いをさせなければ。こちらは50人以上、いや『花売り』を含めれば80人以上失った。体制を戻す時間稼ぎが必要だ」
「勇士の家族を誘拐するのはどうなったんだ!奴の仕事だろう!」
「奴はジンの殺害が成功するか失敗するか見ていたんだろう。失敗したら何食わぬ顔で逃げるつもりか!」
「汚ねえ野郎だ!来ねえのはワザとだな」
「奴には罰が要るな。誰が強いのか解らせる」
「強いと言えば、ツヤマは何時来るんだ?」
「はい。ツヤマ様は明後日、早ければ明日午後に到着かと」
「そうか。軍の奴らが強いと言ってもツヤマに掛かれば大した事は無い。後は3人の熊野郎だな」
ー ー ー ー ー ー
窓の外のイブ。
『あーさー』
『なんだ?』
『こいつらみんなころしていいか?』
『駄目だ。何もするな』
『ぱぱ ままをゆうかいするといってやがる』
『堪えろ! まずは戻れ。今は駄目だ!』
『親衛隊は来たか?』
『いない』
『もう戻れ!イブ」
『・・・・・・』
『耐えろ!戻れ』
『・・・・・・』
『イブ、いつか機会をやるから戻れ!』
『・・・りょうかい』
危ない所だった。
イブは『敵』には容赦しない。
こんなに殺気立つ女性は見た事が無い。
イブは無差別殺人なんかは当然しない。
命令にも従う。
だが、今回は両親のことも絡んで相当殺気立っていた。
引いてくれて助かった。
イブが突入すれば、あんな会議室の人数はあっさり制圧だろう。
だが、まだ『9』のしっぽを掴んでいない。
それまでは我慢だ。
それに、指揮を失った下っ端冒険者が町に解き放たれる事になる。
それはマズい。
もし今日『親衛隊長』が奴らと共に居たなら突入させただろう。
居なくて残念だが。
居なかったお陰でギルドにも突入出来なかった。黒幕であろう『9』も捕まえられなかった。
親衛隊長はそこまで読んだのだろうか?
そしてイブが暴走したら私に止められるだろうか?
ー ー ー ー ー ー
屋根伝いに歩くイブ。
不意に犬の唸り声。ギルドの中庭の番犬。
徐々にイブに対する警戒をあげつつある。
かなりの大型だ。
不審者を敵だと判断したのだろう。
次の瞬間、イブは吠えようとした犬の前に降り立ち、犬の口を押さえる。
犬は藻掻くが声が出ない!
「悪いな。私もイライラしてるんだよ」
小声で犬に囁いたイブは、もう片方の手を犬の背中に置く。
そのとたん震え出す犬。
立ったまま全身痙攣する犬。
犬の身体から湯気がゆらゆらと登り始める!
夜なので湯気は目立たない。
数秒後そのまま崩れ落ち息絶える犬。
またイブは暗闇に消えて行った。
こんなことはアーサーにはできません