その26 夜会に飛び入り参加
イブは夜の町を翔る。
屋根の上から聞いた声。
それは若い女の声。
見えない。
何処かの家の中だ。
きっとこの眼下の20軒の建物のどれか。
暗い夜道誰も居ない。
いや、誰も外に出ないのか。治安が悪いからか。
また声が聞こえる。
『ヤメて!』という懇願の叫び。
もう一度屋根に飛び乗る。
聞こえる。あの建物だ!
一見、ただの住居。
外にまで漏れ聞こえる女の声。
勇士の聴力関係なく聞こえる声。
間違いない、ここで女が襲われている、しかも二人!
声が外に聞こえようが気にせず行為に出るということは、この家はギルドか冒険者の家という事が周囲に知れているんだな!
誰も恐くて手を出せない家か。
目的の家の屋根に張り付く。
静かに屋根にナイフを刺し、のぞき穴を開け、中を見る。
服を剥がれ、気持ち悪い男に乱暴される自分と同じくらいの歳の女性。
か弱い女に男が二人吸い付いている。
女性は手足を縛られていないが、二人の男の力に勝てる訳も無く、抵抗する行為は男を喜ばせるだけだった。女の生きの良さを引き立てるだけ。男は乱暴な動きで女性を突き動かす。
怒り、叫ぶ女。
だが、顔は自身を貪る男を見ていない。
女の怒りは部屋の反対を向いている。
そこにはこの中で一番強そうな男が、まだ背の低い少女に!
下の毛もなく胸もまだ育ち始めで性交渉にはまだ早い年齢。泣き叫ぶ声は殆ど子供だ。
酷い。
此所は地獄か。
冒険者の家に監禁されて強姦か。感知した男は6人。
1人はまだ子供だというのに!
許せん!
イブは怒りにまかせて押し入り暴れたくなるが、女二人を間違って手にかけてはいけないし、騒ぎで取り逃がすのも悔しい。冷静になれ。
女は『男の手の中』に有るのだ、焦ってはいけない。
二人の女性は殺されては居ないが既に手遅れとも言える。
ならば焦るな、深呼吸だ!
冷静になり視界に頼らず感覚で中を探る。
この地獄と化した二階は男が4人。女が2人。
椅子に座って見てるだけの奴が居る。
あの身体の感覚だと酒を煽ったな。
一階に男が2人。
順番待ちか見張りだろう。
イブは家の脇に無音で飛び降りた。
一階の窓から中を見る。
晩夏はまだ暑い,開いているから中がよく見える。
弱そうな二人の男。パシリにされそうな感じの男。
だが、衣装だけはいかにも冒険者風の格好。いっちょまえに剣なんか持っている。
聞こえる声。
「早く俺もしてえなあ」
「長えよなあ」
殺していいよね?
イブはもう一度窓から中を見渡し、降りて後ずさる。
助走を付け、数歩走り窓に跳び込む!
まるで猫の跳躍のように窓を通り、床に着地と同時に1人捕まえ、首を折る!
首を折られた男は声をあげる事も出来ず地面にベシャリと崩れ落ちる。身体と口が痙攣してピクピクしているがそれだけだ。
次の男に一歩半で近づき、汚い口を左手で塞ぎながら壁に押当て、男の両目に向かって水平に指を構える。
男が恐怖で震えている。両手が自由なのに恐怖で動けない。
見た目は女だが、味わった事の無い押さえつけの力の強さ。
さっきもう1人の男を葬ったスピード。
きっと藻掻いて手足で反撃したくらいでは敵わない相手と悟ったのだ。
「死にたく無いか?」
半分壊れた顔のイブが恐い。
男がこくこくとうなづく。
「ここの6人は冒険者か?」
男がこくこくとうなづく。
「わかった」
イブは右手で男の肩をつかみ、ぐるんと身体を引き回した。
ビキメキっと、男の首が捩じれて、この男も終わった。
イブは部屋を見回し、綿の袋を拾った。
袋にナイフで数カ所切れ込みを入れ頭に被る。もしも男を取り逃がした場合に備えて顔を見せない為。切れ込みを入れたのは視界や音の為ではなく、空気の通りを良くする為だ。目で見なくたって判る。
髪の毛は服に入れた。
そして部屋の隅から酒瓶を掴みナイフはしまう。
ゆっくり二階に上がり、ゆっくりドアを開ける。
地獄に来た。
左の床に男2人に女。
右奥の藁ベットには男1人と少女。
右手前の机と椅子には酒を飲む男。
その机にロウソク台が二つ。
入り口に立つ袋を被った変な人物に気がついたのは座った男。
そして、
「何だお前は!」
ほぼ声と同時にイブは瓶でロウソクの火を叩き消し、座る男の頭を瓶の底で殴る。まず1人。
部屋は暗闇。
暗闇でイブに勝てる者など居やしない!
まずは左の女の腰に陣取ってる男の頭に瓶の一撃。
男の身体がだらりとする。
「てめえ!どこだ!死にてえのか!」
何も出来ないくせに強がる男。
「掛かってこいや!ああ?」
強気なのを見ると、刃物を得たようだ。
手のシルエットもそんな感じ。
声の主に、二番目に殴った男を『伏せて』やる。
「うらあああああ!」
ざくざくと刃物を刺しまくる声の主。
暫くして刺した相手の違和感に気付く。
「え?あれ。誰だ?誰だお前?答えろ! え?まさか、え?」
離れた場所で『視る』イブ。
男共が滑稽にみえる。
「どうした?やったのか、倒したのか?」
「い、いや、わからん。これは誰だ?」
「明かり、明かりはどこだ!」
そもそもこいつらはお楽しみに夢中でイブの姿すら見ていない。
1人目の声で振り向こうとした時は殆ど見えずに光が消えた。
そもそも相手が何人か、男か女かも判ってない。
3人目の男が刺した相手を誰だか知りたくて、ぺたぺたとまさぐる。
イブが真横に立ったが、男は気がつかない。
そして男の頭を両手で掴み、ぐるんと回した。
声は無く、首の骨の音だけが響く。
あとひとり。
「誰だ!殺してやる!」
イブに向かって叫ぶが生憎そっちじゃない、もう少し右だ。
どうやら自分が最後の1人だと悟ったらしい。
困った事に少女を腕に囲っている。
イブが男と少女を視る。
男は立ちながら右手で少女を抱え、左手はあちこち部屋をまさぐっている。剣を探しているんだろう。
男の顎を指で撫でる。
驚く男がとっさに左足で前を蹴り上げるが空振り。だが、顎から指が離れた。男がもう一度左足で横に蹴りを入れる。
だが、その左足を素手で掴むイブ。更には男の右手首も掴み、男は間抜けなポーズに。
身体が自由になった少女が真下に崩れ落ちる。
心配は要らない、少女は生きてる。
もう、もう遠慮は要らない。
イブは男の左足を持ったままフルスイングで壁に叩き付けた。
イブは再び部屋を視る。
女二人は生きている。放心しているようだ、動かない。
少女を持ち上げ、もう1人の女にくっつける。
途端に動く大きい方の女。
「ミナ!生きてる?生きてるの?返事して」
ミナと呼ばれた少女が「うわあああ」と泣きながらその女に抱きつく。
可哀想に。地獄は終わったが有った事は記憶から消えはしない。
床の悪魔を視わたす。
椅子に座ってる奴が生きてる。
イブはその男を縛り上げ、アーサーに連絡を取る。
『おわった』
ー ー ー ー ー ー
6人の男達はやはり冒険者だった。
しかもこの家はジンを殺しに来たワタルの隠れ家だった。
妻と住む本宅とは別に使っていた家。
この家で保護された二人は18歳と12歳の姉妹だった。
元々は父親と3人で移民としてこの町に来たが、運の悪い事にワタルに目をつけられた。
土地勘のない親子がワタルの差し金によって経済的に孤立困窮し、騙された父親はギルドの鉱山に連れて行かれた。
更に姉妹も陥れられ、借金のカタにワタルに買われた。
この姉妹はワタルの妹に売る予定だった。
ワタルの妹はギルド内で性奴隷を仕入れて売るのを生業としている。
姉の方は器量がよく、その為何度かワタルに穢された。
一応、妊娠してないか様子をみるためにこの家に置かれていたが、その間にワタルは『例の仕事』で失敗してしまう。ワタルの妹も逮捕され、この家に姉妹だけが残った。
姉妹には父親が人質のようなものであり、父親には姉妹が人質。
どちらも動きを封じられていた。
当然、姉妹はこの家から逃げようと言う考えは出来なかった。
そして、帰らぬワタルの事を知った冒険者6人組が姉妹を『いただき』に来たという次第だった。
姉妹は保護されたものの、これから立ち直れるかどうかは判らない。
父親も鉱山という『治外』に行ったので生きてるか死んでるかも判らない。
事件は終わったが、この一家の闇はまだ始まったばかりだ。
あとは祈るだけである。
驚いたのは事後処理中に、
「ここが怪しいわ」
とイブが屋敷の物置の床を示した。
イブに言われるまま地面を掘ると、7体もの遺体が出て来た。
全て女性だという。
生きていない人間まで感知するイブ。
「匂いかな」
そう言っていたが・・・
これでこの町の人身売買屋がひとつ消えた。
だが、まだギルド自体はある。
ワタルの妹については『個人の〜』と、ギルドはしらをきっている。
まだ他にも同業者はいるだろう。
今日のイブは活躍したといえる。
でもこの程度では平和にはほど遠い。
この町の一般住宅は一階は土間。
二階は天井板無しですく屋根です。
こうすると住居自体の高さを押さえることが出来、建築が楽になります。




