その25 キスは無し
ジンの寝顔を見つめるイブ。
「そろそろ行こう」
隊長が呼ぶ。
暫くここを離れなければいけない。
別れのキスはしない。
かつて人間だった頃のキスの感触を大切にしたいから。
ジンの胸に手を置く。
押し過ぎないように慎重に。
暖かい、生きている。
体から感じる電波の感触、多分これが痛みや苦しみのもの。
健康体の人とは違う電波。
これの反対の電波を出して打ち消せたら、ジンの痛みや苦しみは消えるんだろうか?
でも出来ない。
そんな細かい波が作れるか判らないし、やった事も無い。
間違って酷いことになるのが怖い。
「イブ、そろそろ」
ラビィも呼びに来た。
「お休みジン」
私は部屋を静かに出た。
ココ、たまにお花をかえてあげてね。
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五日間稲刈りをして俺は農園から町に向かって歩いている。
休暇を貰って『近くの町の友人に会いに行く』といって農園主に説明したが、実際はギルドへの報告。
近い町にギルド員が忍んで生活しているのでそこを目指す。
一般人に紛れて何気無く生活するギルド員。こういうのが一番美味しい仕事だろう。
俺には出来ない仕事。
俺は祖国桜花では犯罪者。
顔を覚えてる人が見たら噂が立ち、近所に居られなくなる。
ついでに、この国でも強姦を何度もしている。顔を覚えている女がいるかもしれない。
何か有るとギルドの傘を利用しているから、町では紛れきれない。
ああ、報告だけ終わったらまた村に帰らなければ。
あんまり早く帰りたくない。
建前としてだか『友達に会いに行く』のだから、ギルド員に酒ぐらいはおごって貰わねば。
いっそ、このまま報告だけしてバックレてしまいたい。
ギルドにはずっと村に居ろと言われているが、稲刈りが嫌でしょうがない。暑い、腰がいたい、田舎で借り暮らし雑魚寝、女も抱けない。
女が居ないこともないが、襲ってしまうと騒ぎになって不味い、隠密行動だからな。
派遣の女は皆若くて食べ頃だ。見てるだけというのは辛い。
バックレてえなあ。
ギルドからの取り決めでは稲刈りの報酬は俺が貰うことになってる。当然だ。
農園主の爺さん、五日間分だけ報酬くれねえかなあ。
稲刈りしたくねえ。
今日で止めちまいたい。
もう嫌なんだよ。
口が滑るといけないから酒も飲めねえし。
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尾行していたギルドの密偵の入った家に張り付いていた部下がひとり戻ってきた。忍ぶ為に軍服でなく平服だ。
「どうだ?」
「隊長、間違いないです」
「それでどこまで話してる?」
「色々知ってますね。でも捕虜の人数が二人というのは言ってますが、名前は解らない様です」
他にも色々聞いたが、おおむね予想の通り。
あとは、ここで会ったギルド員が次に何処の誰に会うかだ。
『密偵』は農夫としてまた村に戻るだろう。
情報を受け取ったここのギルド員がどこに連絡を取るかだ。
最終的にギルドからギルドの外に情報を渡すとき、その時の相手が重要だろう。
内心、親衛隊長に繋がるのでは?と思っているが、確かめないとなんとも。
このあと密偵とギルド員は飲みに行くらしい。また別の部下を行かせよう。
まさかとは思うが、そこに別の連絡員が合流することもあり得る。こちらの人員も用意しておかないとな。
聞き耳を立てるならイブが一番耳がいいが、彼女は目立ちすぎる、特徴的過ぎだ。
それに隊員に色々経験を積ませたい。
イブの出番は深夜だ。
本来『表』の人間がギルド相手に足を運ぶなら恐らく夜だ。
昼間は何食わぬ顔で『公務』をしているだろう。
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既に夜。
密偵とギルド員は酒場に居た。
「おい、折角の肉食わねえのか?」
「ああ、すまん。貰おう」
密偵は死体を見た後で、あまり肉を食いたく無かった。
どうも思い出してしまう、あの光景と匂いを。
以前は肉が大好きだった。
肉を食う満足度は計り知れない。
密偵はこのままでは肉を嫌いになってしまうと心配して、思い切って肉を食う事にした。
肉を求める心と、気持ち悪い記憶の狭間に居たが、以前の自分を取り戻す為に食べた。
言わば食事のリハビリだ。
肉を食って『うまい!』と言う自分を取り戻す為に食べた。
「肉、美味いなあ」
少し強がりも入っている。
「酒も飲め。帰ったら飲めんぞ」
「ああ」
「なあ、その・・・『山の中』にミミドって奴いなかったか?背が高くて良い男で30歳位なんだが」
密偵は『山』の話を出されて少し食欲が落ちる。
「判らない、なんせ大勢だからな。背が高いのは何人もいたし、顔は死ぬと少し変わるしな。知り合いか?」
「子供の頃からの付き合いの奴なんだが、最近見なくてな。強い奴だったから、そこに居たかもしれない」
「そうか。せめて例の二人が誰だか判れば良いんだが」
「まともな方法では判らないだろう。護送されて来た後の方が聞き出し易いと思うぞ」
「そうか、そうだな」
聞き側のギルド員は内心、諦めていた。
その『ミミド』という男は身体も大きくて力もあり、戦ってばかり居たお陰で『強い男』だった。
ギルドではそのテの仕事を任される事が多かった。
ギルド員とは子供の頃からの付き合いで、良い事も悪い事もいつも一緒だった。
この酒場もよく一緒に来ていた。
ジンの暗殺かその次の仕事に行ってると見て良いだろう。流石に45人のなかの生き残り2人に居る訳は無いだろう。
強い奴程殺される。
今飲む酒はミミドへの手向けだろうか?
無神論者のギルド員も今日ばかりは神を信じた。
彼が死んでいるなら安らぎが有るようにと。
自分達がギルド員なのにそう願った。
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今夜は動きが無さそうだと隊長は思っていた。
密偵とギルド員は結構呑んでいる。この様子だ業務は無いだろう。
『あーさー』
町中の屋根の上に潜んでるイブから通信。
『どうした?』
『ごうかんだ』
ごうかん?強姦か!
どこかで女性が強姦されてるのか!
此所からは何も聞こえないし感じないが、イブには判ったのか!
『何処だ?』
『いってくる。きょかするよね?』
マズい!
あまり民事に突っ込んではいけない!
しかし、女性であるイブに見逃せと言うのも。
『きょかするよね?』と言うのは許可しなければ反発があるということか。
いつもなら『どうする?』とくる。
仕方ない、条件をつけた。
『許可する、バレるな』




