その23 感じやすい娘
この農園に私と私の隊が来て6日にもなる。
ジン君の容態も少し良くなったらしい。ジン君への薬は魔人技術者から内緒で貰ったものだ。
これは魔国本国にも秘密にしなければいけない。協定違反になるからだ。彼には感謝している。
詳しくは解らないが、体の中の腐る原因を除去する薬で、毎日決まり良く五日間飲ませなければいけないらしい。不思議な薬だ。
ただ、魔人の技術者は『人間に使うのは初めてだから効く保証は無いですよ』と言っていたが、うまく行ったのかもしれない。
だが、麻薬中毒は相変わらずだ。
冒険者の遺体の『処分』を終えた。
生臭い仕事だった。
43体の運搬と投棄は大変だ、私達三人も運んだ。兵だけにやらせはしない。
お嬢様育ちのエルザはあまり触りたがらない。
一方、イブは顔色ひとつ変えない。
不気味ですらある。
廃棄場に冒険者の死体を裸にして並べたあと、次々と刀で刻んで行く。痛み腐りを早くするためだ。
既に周りの木の上にはカラスが集まって我々が退くのを待っていた。早く食わせろと。
中には鮮度のいいものもあるしな。
刻み作業は数人でやったが、半分はイブが終わらせてしまった。
切るのに迷いがない。気持ち悪いとは思わないようだ。裸を見ても内臓を見ても全く動揺しないイブの姿は不気味だ。
一方、エルザはそそくさとその場を離れてしまった。
冒険者達から剥ぎ取った武器や装備は後日本部に持ち帰ろう。結構な価値だ。
次の日、第一王子から使者が。
私達が居ない間の三勇士隊本部の改装を頼んでおいたのだ。
おおむね希望通りにしてもらえたらしい。親衛隊のスパイしほうだいな建物をなんとかしたかった。
そして『9』の捜査。
兄も『9』の怪しさには気付いていた。親衛隊長が首を突っ込んでくるのは三勇士隊だけでなく王家や議会にもだ。
兄も親衛隊長を忌々しいと思っている。
王家に次ぐ権力を持つ親衛隊、いや親衛隊長。
彼にとって新しく出来た三勇士隊は邪魔な存在なのだろう。我々を葬りたいのか、それとも横取りしたいのだろうか?
イブを支配したいのならジンを誘拐するのが最良だろう。だが、殺しに来た。
ギルド内で流れていた『セニンは親衛隊長の子種』という噂。
それが本当なら親衛隊長にとってセニンの価値は?
愛していた?
邪魔だった?
利用していた?
関係なかった?
これは本人でないと分からない。
セニンを殺された恨みがあるなら狙うはジンでなくラビィだろう。
それともジンを殺すことを『見せしめ』にして、イブの両親を人質にすることで、イブを支配しようとしたのだろうか?
それは『表』の世界に生きる親衛隊長には出来ないはず。
すると思った以上にギルドが関わっているのか?親衛隊に揺さぶりを掛けるほどに。
三勇士隊は対魔国のために作られた部隊だが、魔国との関係が平和過ぎる。
ではその余った戦闘力をなにに向けるか?
と考えれば他国相手かギルド相手だろう。
やはりギルドが怪しい気がする。
だが、解らないことが多すぎる。
現状を第一王子の使者に持ち帰って貰う。
あとジンの受け入れ準備のこともも伝える。
『てきがきた』
イブからの通信!
私とエルザは驚き顔を見合わせる!
当然、他の者は気づかない。
ジンの部屋が暗くて臭いといって、イブはいつも花を飾っている。
イブがジンにしてやれる事は少ない。
動けない怪我人の部屋は臭い。
空気を入れ換えても追い付かない。
そんな時、イブは良い匂いの花を飾る。
少しでもジンの安らぎになればと飾っているのだろう。
そして、今朝も花摘に行っていた筈だ。そのイブの通信。
『イブ、詳しく!』
エルザが返す。
『ふたり』
『襲って来たの?』
『てつだいのふりをしている』
『今行く!』
エルザはなに食わぬ顔で立ち、散歩にでも行くように屋敷を出た。
他の隊員には通信のことは内緒だから。
暫くすると、エルザから詳しい情報が私に来る。未だにイブは通信で長文が出せないから、聞き出して代わりにエルザが送ってきたのだ。
『アーサー、農園の集めてきた臨時農夫が6人来たのだけど、そのうち2人がギルドの手先らしいわ。冒険者だろうって。完全に農夫になりきってるって』
『どうやって見分けたんだ?』
『解らない。でもイブは間違いないって』
『その冒険者はそのまま手を出すな。泳がせておけ』
『分かったわ。イブにもそう言うから』
次の敵が来るとは思っていたが、やはり来たのか?
それよりイブはどうやって敵を見抜いたのだ?
私ですら近距離で体の表面の『電波』が感じれて、精々強弱の様子を判断に使うだけだ。
イブにはそれ以上のものが解るのか?
確かにイブの感度はずば抜けている。だが、それ以上だ。
そういえば、イブは匂いにも敏感だ。ジンの部屋に花を飾るのは自分の為でもあるのかもしれない。
かといって、腐りかけの死体も平気で触る。臭い匂いも我慢できる。
そして、イブは夜の月明かりで冒険者と戦闘した時に飛ぶ矢も掴んだ。
確かにあの時、外野にいたラビィが「危ない!」とは叫んだが、矢のことは言う暇は無かった!
私にあんなことは出来ない。
イブは一体・・・・・
アーサーの兄の名前が決まらない・・・