その22 失恋冒険者
ここに怯える冒険者がいた。
彼は隣国『桜花』から流れ着いてジャージャー国のギルドに居る。
かつては桜花の国軍に所属していたが、犯罪を犯して国を追放されたのだ。
とある商家を欲しがったギルドと、商家の美人な次女を欲しがった自分の利害が一致し、男は悪事に手を染めた。
全く自分になびかない次女に対しプライドを傷つけられたというのもあった。
次女をかくまい自分を追い払おうとする商家にも恨みを持った。
色々暗躍して商家を陥いれ、一家は離散し、何人かは命を断ち、商家の権利はギルドに渡った。
しかし男に約束の次女は手に入らず、いつの間にか売り飛ばされてしまっていた。
あの美しい次女を手に入れる為に数々の悪行をやり、危ない橋もわたった。あの女の『初めて』を食い、毎日飽きるほど抱くために頑張ったのだ!
約束が違うと男は怒ったが、ギルドに楯突くことも出来ず泣き寝入りをした。相手が悪すぎる。
数か月後、商家の次女が娼館にいるということを聞いた男は、一目散に会いに行った。
かつて恋い焦がれた女が客をとってるというのは我慢出来なかった。自分より先に抱いている男達が居る事も我慢出来なかった。
必死に娼館を探し、芸名を突き止めた。
まるで姫の危機を救う救世主気取りで次女の元へ向かったが・・・
男はそこで次女を斬り殺して逮捕された。
男を恨んでいた次女は男に対し、
『あの男に抱かれる位なら娼婦になる』
と言っていたのだ。
これは男に対する当て付けであり、やって来た男をさんざん罵り怒らせ、刀を抜かせて自分を殺させ逮捕されるまでが復讐だった。決して自分を抱かせはしない!
ここまで恨まれているとは愕然とした。次女に救いの手と愛を囁いた自分が滑稽だった。
人の心が解らない男の末路。
次女にとっては命をかけたささやかな復讐。
逮捕後、功績がいくらかあったため男は処刑こそされなかったが、数年の懲役の後に釈放され、桜花を追放されることになった。
結局男はなにも良いことがなかった。失うばかりだった。
商家は今も裏ではギルド経営であるが、町では『明るい普通の商家』をしている。
客にとっては裏にギルドが有ろうが気にしない。
娼舘にとっては妊娠して用済みな次女は死に、次の嬢が部屋に収まった。
一年もたつと人の記憶は書き換えられる。あれだけ界隈を騒がせた事件も今は昔話。
今、男は冒険者としてジャージャー国のギルドに居る。
元罪人の男を雇ってくれるのはギルドぐらいだ。
男は怯えている。
ここ数日、仲間が次々と逮捕連行されている。一緒に女を強姦していた仲間だ。
女は誘拐したり闇で買ったりしている。女達には終わったあとに脅迫したりギルドの名前をちらつかせて黙らせてあるが、ここ数日、何かが変わった。
どこかで大きな力が働き、ギルドの加護が無くなっている。
ギルドの方は今取りかかっている仕事で40人以上の損失が出て大騒ぎになっている。しかもまだ終わってないと。
聞けば農村の派遣と戦っているらしい。夜、40人で奇襲をかけたのにひとりも帰ってこなかったという。
もとは1人の殺害が目的だったのに、今では大変な事になっている。
ギルドにしたら、俺達下っ端の事なんて構っていられないのか。
ここ数日の仲間の連行にビビってる俺はギルドの命令をありがたく思った。仕事で恩を売りギルドの加護を受けたいからだ。
命令は農夫として村に行き、殺害対象と追っ手に向けた40人のその後と、敵の姿を見て来る事だ。
戦いではなく、諜報活動なので危険が少ない筈だが、40人の冒険者を葬ったと思われる奴らだ。危険に違いない。相手の全貌が解らない恐怖はある。
その後その農村では稲刈りの人夫を臨時で募集した。
恐らくは派遣隊も数人被害者が出たんだろう。
俺達諜報員が帰ってこない事には情報が手に入らないので、一切武器は持たず戦いをせずに最期まで農夫の振りをしなければならない。まあ、すべて解れば農作業なんて放り投げて帰るつもりだが。
農夫の募集は農園主の募集だから、自分自身で売り込みに行かなければいけない。
当然ギルドは警戒して仲介に入らない。
ギルドや冒険者の持ち物は一切必要なく身元はバレにくいだろう。
行って作業して様子を見て帰って来るだけだから危険は無い筈。
ただ、稲刈り、野良仕事は嫌だ。
これさえ無ければ良い任務なのだが。
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農園主の用意してくれた牛車に揺られて農園に来た。
荷車というのはケツが痛くなる。
農園に行く事になったのは6人。
年配ばかり。
自分もそう若くは無い。
国からの派遣隊は若者ばかり。
きっと話はあわない。命令でなければ行かなかっただろう。
目の前に広がる黄色い稲。
稲刈りは少ししかされていないようだ。
何件か農家があり空き地に軍のテントがいくつも見える。
軍か。
やはりそのくらいは居るよな。
農家に納まらず外にテントを張るくらいだ、数人ではなく10人以上居るだろう。もっとかもな。
更に牛車は進む。
もうすぐ始まる稲刈りに憂鬱になる。
山沿いの畑に1人の女。
若そうだ、軍服を着ている。
花を摘んでいるようだ。
赤と紫の花束。
軍に居るとはいっても女はやはり女か、花を摘んでいるとは。
イイ女だろうか?
眺める。
女がこちらを向く。
顔が半分壊れた女。
大きく歪んだ顔の左側。
刀傷ではない。
火傷でもない。
なにかの怪我の傷跡。
元の顔立ちが良さそうなだけにかえって不気味に見える。
ゆっくり過ぎる俺達の牛車を追うように顔を向ける女。
ただ立ち、声も出さずずっと不気味にこちらを見続ける。
通り過ぎて遠ざかりゆくのにずっと見ている。
ずっとずっと見ている。