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その10 イブの初訓練

 私達三勇士隊は今、とある農村で戦闘訓練をしている。


 麦農園が殆どの地域だが、刈り取りが終わり見渡す限り何も無い。

 人も少なく、刈り取り派遣員も別の地域に行ってしまったらしい。

 まばらな人の顔を見て誰か知り合いが居ないか探してみたが知り合いは誰も居なかった。


 当然ジンも居ない。

 ジンに背格好が似てる者を見つけると思わず目で追うけれども会える事は無かった。


 私達『三勇士』と『三勇士隊』は別に訓練をする。

 別々なのは普通の人間は相手にならないからだ。


 私達は三人で訓練をする・・・というよりは、アーサーに私とエルザが稽古をつけて貰ってる状態だ。


 この麦園の地面というのは走りにくい。形が凸凹していて不規則。たまに泥濘んだりボロボロした土だったり。都会ではあり得ない状況だ。町では土の公園ですら歩き易い。

 有る意味、砂場の方が読み易い。


 今エルザと素手で組み合う。格闘だ。

 道具を使った戦闘訓練は危険すぎるからという事で子供染みた取っ組み合いから始まった。

 きっと、まわりから見たら滑稽で低レベルなふうに見えたろう。

 おもわずムキになって戦う。

 エルザの方が背が高いが元はお嬢様育ちで鍛えたと言っても私の方が力は有る、だが、私は左目の調子が良く無い。左目の視界がうっすらと白い。

 これさえなければ圧勝なのに。



 エルザと半日も組み合い、投げあい、疲れきるまで絡み合った。技もへったくれもない。

 アーサーは『技なんかいいから、とにかく動きまくれ』と言った。私達は型だの技だの以前の問題なんだろう。



「よく来る気になったわね。前は引きこもりだったのに」

 休憩中エルザが聞いて来た。


「そうしたほうがいいと思って」

 本心だ。

 正確には殺したい奴、殴りたい奴が居るから今は鍛えながら立場を作りたいというところかな。


「そう」

 短くエルザは答えてあの変な果物から作ったジュースを飲む。不味そうだ。

 私も飲む。不味い。



 本来ならアーサーと幸せな結婚をしていた筈のエルザ。


 アーサーが勇士になったため、彼女も勇士になった。

 名家の娘だからエルザは美人だ。名家は美しい者ばかり娶るので、どんどん美人家系になる。

 彼女ならアーサーを見限っても他にいい縁談が山のように来るに違いない。

 恐らくアーサーの事だ、無理強いはしなかったろう。

 だが彼女は子供を産めない道を選んだ。


 それでも一緒に居る道を選んだ二人を羨ましいと思った。正直に言えば妬んだ。


 でも、どうなんだろう?


 お互い目の前に食べたい餌をぶら下げてる様なもんだ。逆につらいんじゃ?


 あるいは、『勇士手術』の前にセックスして子供を作っておけば良かった?

 出産後にセックスレスになる夫婦はいるそうだし、それを思えば許せるのでは?とも思ったが子供を抱きしめられない母親も辛いな。


 まあ、どの道時間的余裕は無かったから無い話だ。



 でも、二人を見ていると思う。


『勇士同士は子供が出来るんだろうか?』


 これをエルザとアーサーに聞いてみたい。でも二人も答えを知らないだろう。

 同じ勇士同士ならセックスが出来る気がする。

 妊娠出来るのか?

 子供は奇形じゃなかろうか?それとも普通の人間?やはり勇士が産まれる?

 それで産まれて育って、勇士の総員が4人目、5人目となったらパワーバランスが狂う。

 任務上は妊娠は禁止されてるが・・・でも・・・


 でももし、二人がそういう道を選んだら?子供を作ったら?出来たとしたら?

 私は怒りまくるだろう。私の事は二人とも知ってる筈だ。その私の前でそんな事が出来る?


 私はジンと引き離され、居たとしてもジンの普通の身体では私の硬い処女膜は永久に破れなくなったのに。

 だからといって、アーサーに身体を許す気もない。

 エルザは私をどう思っているんだろう?

 浮気相手にならないか心配?

 どうだろうね、こんな顔に傷もつ女。セニンの靴で切られた傷。深くて酷かった。

 左のまぶたがいびつになり、とても醜い。右目と同じようには開かない瞼。随分ブサイクな顔だ。


 ジンに会えないならこんな顔でも構わない。




 私達3人は山にも入った。

 色んな場所での行動や戦闘の経験を積みたいとアーサーは言っていた。

 他の兵も護衛について来たが、はっきり言って足手まといだった。

 勇士の私達は肌が強い。

 薮も小枝も痛いとは思わないのでどんどん進む。

 勇士とはいえ足の長さは普通なので差はつかない筈なのに兵達とどんどん距離が開く。

 他の兵は枝や葉が顔や肌に触れないように泳ぎながらちんたら歩く。

 私達は構わずどんどん進む。

 

 上り坂も平気だった。

 力が強いというのは凄い事だ。昔の私ならもう嫌だと弱音を吐いたかもしれない。それどころか登り道ながら木に飛び乗る余裕も有る。


 そして肌が強いという事は、蚊にも蜂にも刺されない。

 アーサーに至っては調子に乗って地面の中のスズメバチの巣を掘り起こして蜂蜜を集めて私達に振る舞うと意気込んでいたいたけれど、蜂の巣をいくら割っても蜂蜜は無かった。スズメバチの巣には蜂蜜はないらしい。いい所を見せようとしたアーサーは落ち込んでいた。

 そんなアーサーを横目に私とエルザは『訓練に丁度いい』と、怒って迫るスズメバチを棒で打って打ちまくった。芯を捉えるといい音がする、結構楽しい。動き回る小さな標的が休まず大量に来るんだからいい練習相手。一瞬で相手を定めて正確に打つ、そして直ぐ次。コンパクトなスイングで次から次と流れるように繋げられると気持ちいい。

 スズメバチに取り付かれたところで痛くも無いのだけれど、経験から本能的に避けるので避ける練習にもなる・・・ような気がする。


「あー楽しかった」


「ストレス発散には丁度いいわね。エルザ、背中に蜂がついてるわ。動かないで」

 エルザの長い後ろ髪に巻き付きながら蜂がもぞもぞしていた。

 私は爪でピンっと蜂を弾き飛ばした。


「ありがと。イブはついてない?」

 エルザは私が自分では見えない背中とかをみてくれる。大丈夫のようだ。 

 以前エルザは『私には遠慮なく普通に接して欲しい。いずれイブと私は同格になるから』と言っていたのでそのように接する。アーサー(隊長)はそうはいかないが。


 

 だいたい駆除したとはいえ、たまにスズメバチが来る。

 スズメバチのせいで他の兵が寄ってこないのでアーサーは言った。

「例の奴をためしてみよう」


 例の奴とは私達だけに出来る通信だ。

 念じる事で『びー』という痺れにも近い感触を相手に与えられる。

 これは私達だけの能力。

 やり方はすぐ覚えた。指先にさらに見えない関節が有る様に感覚をつくり、そこに力を込める感じで出た。

 エルザの場合は人差し指の隣に6本目の指があると信じてそこに力を込めるんだそうだ。


 課題はどうやって情報を信号(びー)にするか。

 結果、『びーー』『び』『空白』『強弱』の使い方で文章を訳す事にしたが、これが大変だった。証拠になる紙は残せない、丸暗記だ。

 とにかく暗記が大変だ。



 あとは距離。

 本部での実験では建物の端と端でも大丈夫だった。

 この田園で最大距離も試したいとアーサーは言った。


 私達は兵の所まで戻り、訓練を再開。

 アーサーだけが『帰ってやりたい事が有る』と兵達に嘘をついて下山した。

 付き添いの兵が数人ついて行った。


 アーサーは歩きながら現在地情報を飛ばして来た。

 兵達は当然気付かない。


 その度に私とエルザが返信する。

 私も数文字の地名ならなんとか解った。文字数が多いと訳すのが追いつかない、きっと長文だと大変だな。


 定期的にアーサーから信号が届く。


 最後は『到着』と来た。

 あんな遠い所から!凄い!エルザと実験の成功を喜ぶ。

 エルザの前で笑ったのは初めてだ。エルザも優しく笑ってくれた。


 それに対してエルザは『アーサーが木の上から見えたよ』と返信した。凄い長文だ!当然私も感じた、発信元だと結構強い。

 私は長文が出せないので『おなじく』と送った。


 アーサーは『届いた』『届いた』と2回送ってくれた。二人分返してくれたんだ。嬉しい。


 山の高い木から私達の宿営地はよく見えた。

 アーサーが居なくなってから、山歩きとかに飽きたエルザと私は木登りをしていたのだ。一応これも訓練として。アーサーの姿を見たかったし。

 落ちてもたいした怪我をしない安心感で昔なら登らない高さも平気だったし、木から木へ飛ぶなんてことも覚えた。下の兵達は驚いていた。


 麦農園の刈り取り跡に建てた宿営地。人が胡麻つぶのようだ。

 そして、この距離でも人の顔を見分けられた。自分の視力を凄いと思った。そして昔はどんな風に見えていたかを忘れ始めていた。


 高い場所に登ったので、ずっと塞ぎ込みだった気持ちが少し晴れた。


 高いところからの眺めの良さ、美しい景色の感動を聞いて欲しい相手に会えない悲しさも残った。

 余計ジンを思い出してしまった。

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